『オフィサー・アンド・スパイ』ロマン・ポランスキー

冤罪と権力の横暴、正義を問う

オフィサー・アンド・スパイ

《公開年》2019《制作国》フランス、イタリア
《あらすじ》1895年1月のパリの広場。フランス陸軍のドレフュス大尉(ルイ・ガレル)はスパイ容疑をかけられ、集まった民衆の視線にさらされながら、剣を折られ軍籍剝奪を宣告される。身の潔白を叫んだが、監獄島である悪魔島に送られた。
その1年前、陸軍省は機密事項が記されたドイツ軍宛ての手紙を入手し、内部に情報漏洩者がいるとの疑惑が浮上して、筆跡が似ていたことからユダヤ人のドレフュスを逮捕したのだった。
かつて教官としてドレフュスを教えたことのあるピカール少佐(ジャン・デュジャルダン)は、中佐に昇格し防諜部長に抜擢された。対敵情報活動を指揮する立場の彼は、ふとしたきっかけで情報漏洩者がエステラジー少佐であると確信する。そしてそのことを上司に報告するが、将軍から「軍法会議で解決済み」と取り合ってもらえなかった。
軍はこの真相を隠蔽すべく、ピカールにそれ以上の調査を禁止し、チュニジアの奥地に左遷した。それでも諦めずに調査を続けるピカールに対し、軍はドレフュス犯人をでっちあげる偽造の証拠を突きつけてきた。
当時、ピカールは人妻であるポーリーヌ(エマニュエル・セニエ)と不倫関係にあった。ピカールの自宅からそれを裏付ける手紙を入手した軍は、スキャンダルをネタに追求するのだった。エステラジーをドレフュスの共犯とする容疑が出たが、軍法会議でエステラジーは無罪になった。
ユダヤ人を擁護したとしてピカールは市民の非難を浴びる一方、彼の熱意に賛同する動きも出てきた。作家エミール・ゾラを始め、新聞社主、ドレフュスの兄など協力者が集まるが、その翌日、ピカールは逮捕された。
ゾラは『私は告発する』と題する公開状で軍の不正を弾劾し、冤罪事件の首謀者たちを名指しで告発した。この寄稿でゾラは罪に問われるが、ドレフュスの再審を求める機運は高まっていった。
その後の裁判でピカールは有罪判決を受けるが、軍の疑惑を確信させる証拠が出てドレフュスの再審への道が開けてきた。ところがドレフュスを弁護してきたラボリ弁護士が何者かに射殺されてしまう。ラボリ弁護士を欠いた裁判でドレフュスの冤罪を証明できないまま有罪判決が下りた。
1899年9月、大統領の特赦によりドレフュスは悪魔島より釈放され、後に無罪を勝ち取り軍籍復帰を果たした。一方のピカールは一時収監されるまで追いやられていたが、最終的に昇格して高官になった。
軍務に戻ったドレフュスはピカールを訪ね、冤罪で投獄されていた期間を考慮して昇格させるよう要求したが、ピカールはこれを拒否した。これ以降、二人は二度と会わなかった。

《感想》根強いユダヤ人差別を背景にしたドレフュスの冤罪と、国家ぐるみで真実を捻じ曲げようとする権力側の横暴。人種差別、冤罪の恐怖、体制の隠蔽体質がいかんなく描かれ、監督自身がホロコーストの犠牲者だった過去を持つだけに、人種差別には一方ならぬ思いがあるものとうかがえる。
またそれだけでなく、現在も世界各地で起きている民族対立への憂慮が映画製作の背景にあると思われ、今に通じる普遍性を持った作品になっている。
製作当時のポランスキーは86歳、その映像美と抑えた演出には風格が見え、年齢を感じさせないエネルギーを秘めている。しかし、史実を淡々と重厚に描いているのだが、事件の背景や人物の掘り下げは今一つ、そんな不満を抱いた。
最も分からないのがピカールの人物像。人妻との不倫に走る軟派な一面を持ち、ドレフュスを助ける立場にない反ユダヤ主義者の彼が、上層部に逆らってまで真実を暴こうとした動機が分からない。自分の組織や職務に忠実であろうとして、急に理想とする倫理観や正義感に目覚めてしまったのか。左遷され、収監される憂き目に遭いながらも貫き通す葛藤や信念の底が見えなかった。重大事件の映画化で伝えたいメッセージが前面に出過ぎて、深掘りできなかったようにも思えた。
昔のような才気は失せ、目新しさや衝撃はないが、重厚で見応えのある力作ではある。

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投稿者: むさじー

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