『キッチン・ストーリー』ベント・ハーメル

孤独な男たちの滋味あふれる友情

キッチン・ストーリー

《公開年》2003《制作国》ノルウェイ、スウェーデン
《あらすじ》1950年代初頭、スウェーデンの「家庭調査協会」では快適な台所用品の研究開発のため、ノルウェイとフィンランドで「独身男性の台所における行動調査」を実施することになった。なお、調査員はトレーラーハウスで寝泊まりし、被験者との間では会話も手伝いも一切禁止されている。
研究員フォルケ(トーマス・ノールシュトローム)は高齢の被験者イザック(ヨアキム・カルメイヤー)の家を訪れるが、イザックはこの調査に応募したことを後悔し、調査員が家に入ることを拒否している。上司共々説得を試みるが応じず、数日後ようやく折れたイザックが家に入ることを許した。フォルケは台所の片隅に観察台を設置して調査を開始するが、イザックが頑なな態度を崩すことはなかった。
観察台からの監視に落ち着かないイザックは、電気を消したり、障害物を置いたり、寝室で調理したりと二人の無言の攻防が始まり、時々友人のグラント(ビョルン・フロベリー)がお茶を飲みに来る以外は人の出入りがない家で、お互いに気まずい観察生活が続く。
そんなある日、転機が訪れる。タバコを切らしたイザックにフォルケが自分のタバコを投げ渡し、そのお礼にイザックはコーヒーを淹れて、フォルケは規則を破って「ありがとう」の言葉を発した。それ以来、二人はお互いのことを話すようになり、気遣うようになって距離は縮まっていった。
仲間の調査員が被験者と酒を飲んでいると問題になり、その問題の調査員は「酒飲むな、話すなに耐えられない」と言う。そんな彼にフォルケは自分も被験者と話したと打ち明けた。
イザックと友人のグラントの間では、電話のベルを鳴らすことが訪問の合図になっていて度々訪れるのだが、側に無言のフォルケがいるのが気まずく早々に帰ってしまう。そしてイザックとフォルケが談笑しているのを窓の外から見て、グラントは寂しさと嫉妬のような気持ちを抱いた。
イザックの誕生日。フォルケは自分のトレーラーにイザックを招待してお祝いをするが、窓の外には楽しそうな二人の姿を見て、持ってきたケーキを手に帰ろうとするグラントの姿があった。夜になって、グラントは眠るフォルケが乗ったトレーラーを車で牽引し、線路上に置き去りにした。それに気づいたイザックは、トレーラーを馬で牽引してそっと元に戻した。
二人は楽しい日々を過ごすが、フォルケの調査員としてのルール破りが上司に知られてクビを言い渡され、トレーラーを自国まで持ち帰るよう命令される。しかしトレーラーを国境まで運んだフォルケは、その場に放置してイザックの元に向かった。その頃グラントはイザックの家を訪問し、椅子に座ったまま死んでいる彼を発見する。イザックの病気だった愛馬は引き取られ、救急車で運ばれる彼をフォルケは見送った。
春、イザックの家に住むフォルケは、グラントが来る合図を聞いてコーヒー二人分の用意を始めた。

《感想》トレーラーハウスを牽引し国境を越える一団の目的は「独身男性の台所における行動調査」で、手法はテニスの審判席のような高みからキッチンでの動線を観察するという何とも不思議なものだった。調査の意味を疑いながら観始め、分からないまま二人のやり取りに惹き込まれていく。
そこで対峙するのは、いかにも偏屈そうな高齢被験者と、真面目で気弱そうな中年調査員。気まずい無言の攻防を続けた二人が、タバコとコーヒーをやり取りした際の「ありがとう」の一言から温かな交流へと発展していく。調査員が「会話禁止」というルールを破った時、何かが変わり始めた。
映画のキャッチフレーズは「ゆっくり、ともだち」。おじいさんとおじさんだけの映画だから当然地味。独特の笑いは哀愁含み。スローライフの緩さが持ち味なのだけれど、老境が見えてきた独身男たちの友情、切なさが響いてきて、その温かな交流はなかなかに味わい深い。
印象に残ったのが、微妙な三角関係が描かれるグラントのトレーラー線路上置き去り事件。身近な唯一の友を取られかねない嫉妬からだろうし、イザックが黙って何事もなかったかのように収めてしまうのも彼の気持ちを汲んでのことだろう。老いた身にあっての孤独への恐怖、友を失いたくない切実な願いが響いた。
温かな空気感と心地良さが味わえる癒し系の良作。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!