『スワンソング』トッド・スティーブンス

老いとゲイの切なさを静かに温かく

スワンソング

《公開年》2021《制作国》アメリカ
《あらすじ》オハイオ州サンダスキーの老人ホームに暮らすパット(ウド・キアー)は、同性愛者でかつては有名なヘアメイクドレッサーだったが、周囲の老人たちに馴染めず退屈な日々を送っていた。
そんな彼の元を弁護士が訪れ、パットの昔の顧客で友人でもあるリタ(リンダ・エヴァンス)が亡くなり、彼女の遺言で葬式の死化粧をして欲しいという依頼だったが、引退を理由に断った。しかし、リタの死亡記事を見て昔を思い出し、懐かしさから泣き出した。そしてホームを脱走した。
彼はヒッチハイクをしながら昔の思い出話をする。デヴィッドという同性愛のパートナーがいて亡くなったこと、リタという金持ちの顧客がいたことなど。そしてデヴィッドの墓に行き、隣に自分の名が刻まれた墓碑を抱いて泣き、リタの遺言に応えようと決めた。
弁護士の事務所に行って化粧道具の資金として前金を要求し、どうしても手に入らなかったクリームは、かつてアシスタントをしていたディーディーのサロンに行って無料で手に入れた。次に昔のような派手な衣装が欲しいとブティックに行き、理想の衣裳を手に入れてリタの葬儀場に向かった。
葬儀場でパットを迎えたのはリタの孫のダスティンだった。歓迎されるがリタの遺体を見ていたたまれずに逃げ出し、かつて行きつけだったゲイバーに行った。しかし昔とは変わっていて、新しいパブに変わるため今夜閉店記念ドラァグショーを開くと聞かされる。
パットは一旦葬儀場に戻るが、居心地の悪さにタクシーで逃げ出し、車中で苦しみに襲われてタクシーを降りた。酒を万引きして公園で呑みだし、ベンチに横になった。公園の公衆便所には昔のゲイ仲間ユーリスが住んでいて(?)再会した二人は抱き合い昔話に花を咲かせる。しかしそれは夢で、目覚めると彼は既に死んでいたことを思い出すのだった。
パットはゲイバーのドラァグショーに向かい、女装した男性ベルマの髪を整え、一緒にステージに上がって喝采を浴びるが、被ったシャンデリアの帽子が破裂して気がついたら病院のベッドだった。医師の制止を振り切ってパットは葬儀場に向かい、ディーディーに会う。パットに代わって死化粧を依頼されたディーディーだったが、険しい顔で手に負えずパットに託す。パットも諦めようとしたが、リタ(の幻)から「見捨てる気?」と抗議を受ける。パットはリタがデヴィッドの葬式に来なかったことを責めると、リタは死因がエイズと聞いて避けたことを素直に詫びた。
全てを許したパットはリタに死化粧を施して別れを告げた。ダスティンは祖母の化粧を見てその美しさに驚いた。また自分も同性愛者で、それを祖母に告白した時「私の親友もゲイよ」と励まされたことを打ち明けた。それから間もなくパットは倒れ、葬儀場から運び出されたのだった。

《感想》老人映画はとかくユッタリしていてテンポが悪く、他愛ない緩い話に終始するものだが、本作もその例外ではない。またLGBTの描き方も、偏見がもたらす不幸、マイノリティの哀しみといった従来の映画と大きく変わることはない。だがこの二つの要素が重なると、また別の人生観に導かれ、新たな哀愁が生まれる。
特にすることもない退屈な日々を送り、死を待つだけだった老人が、確執のあった古い親友の遺言を受け、死化粧を施すという最後の仕事に向かう。遺言は過去の確執を消したいという故人の願い、自らの死も遠くない身にあってはその切実さも理解できようというもの。過去の思い出を旅して、その思い出に励まされ、残されたかけがえのない時間を自分らしく生きようとする。ゲイのカリスマ美容師として。
ままならない肉体にムチ打ちながら、現実と妄想が混濁する中にあって、どんどん本来の自分と生の輝きを取り戻していく。しょぼくれたタダの老人から艶やかなゲイのアーティストに変化していく。その様を切なくもカッコ良く演じた、悪役でも変質者でもないウド・キアーが素晴らしい。これぞ年輪!
タイトルは、死ぬ間際の白鳥が最も美しい声で歌うという伝説に由来する。自分の人生を最終的にどう彩るか、と考えさせる本作は地味で重めだが余韻は温かい。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。


投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!