『ハッピー・オールド・イヤー』ナワポン・タムロンラタナリット

断捨離で傷ついて知る人の縁

ハッピー・オールド・イヤー

《公開年》2019《制作国》タイ
《あらすじ》3年間のスウェーデン留学を終えてタイに帰国したインテリアデザイナーのジーン(オークベープ・チュティモン)は、実家の楽器店だった店舗を自分の事務所に改装することにした。しかし、母と兄の三人で暮らす家はモノで溢れかえり、建築デザイナーの友人・ピンクから早々に断捨離するよう言われる。
まず、古い雑誌やCDなど“ときめかないモノ”をゴミ袋に放り込んでいくが、中には他人からのプレゼントなど情の絡んだモノもあった。様子を見に来たピンクから、彼女が贈ったCDがゴミ袋にあるのを責められ、ジーンも兄にプレゼントしたマフラーが捨ててあるのを見つけ、傷ついた。
反省したジーンは、他人から貰ったモノ、借りたモノは返すことにする。喜ばれたり、今更と怒られたり様々だったが、元カレのエム(サニー・スワンメーターノン)から贈られたカメラだけは直接渡すことができず、小包で送ったが受取拒否で戻ってくる。エムとは留学時にジーンから一方的に別れを告げたのだった。ジーンはバツの悪さを抱えながらエムの家に返しに行き、過去の非礼を謝罪した。エムにはミーという恋人がいて、過ぎたことと和解した。
ある時、古い友人から結婚式で使う昔の写真が欲しいと頼まれたジーンは、膨大な量の写真データから探すが困難を極める。そんな中、エムから食事に誘われて出向くと、エムとミーから「付き合っていた頃の忘れ物」を手渡される。荷物の中にはエムの母親がジーンに宛てた手紙もあり、彼女が1年前に亡くなったことを知った。悲嘆に暮れて謝りに出向き、昔の写真探しを頼むとエムのHDの中に当該の写真を見つけ、二人が付き合っていた頃の写真もあって、ジーンも、それを見ていたミーも動揺した。
思い出の品が次々に出てきて断捨離が滞りがちなところへ、リサイクルショップの店主から、売って欲しいと声を掛けられる。改装費用捻出の事情もあり売れるものは売ろうと決めたジーンだが、別れた父との思い出があるピアノは母が捨てるのに反対したこともあって躊躇する。そこで父親に連絡をとると、父はピアノもジーンの声も忘れていて、自分たちが捨てられたことに泣いた。ジーンはピアノの処分のことで母と大喧嘩になる。
そんなところへミーが訪れ、エムと別れたことを告げる。どうやらエムにジーンの影が見え隠れしたことが原因だったようだ。エムを訪ね謝罪すると、ジーンの身勝手さを静かに怒り、罪悪感から救われようとせず背負って生きろ、と諭された。家に帰ったジーンは、母が留守の隙にピアノを売り払った。
翌日から年末の2日間をジーンはホテルで過ごした。そして年が明けた瞬間、エムの連絡先を消去し、父親と写った家族写真を破り捨てた。やがてジーンの家は荷物が全て片付き、理想だった白いオフィスへと形を変えていく。



《感想》新しい人生を始めようと断捨離に挑むジーン。選り分けた“ときめかないモノ”の中には情の絡んだモノもあって、借りたモノは返すことにするが、元カレから借りたカメラを返すという無遠慮な行動によって、元カレの今の恋愛関係に亀裂を作ってしまう。また、家族を捨てた父が残したピアノの処分には、思い出に固執する母の反対があって躊躇する。
モノを捨てるのは本当に難しい。過去と決別して自分のありたい姿に向かおうと最善の選択をしたはずなのだが、相手の事情や感情への配慮が足りずに軋轢が生じて、身勝手さを責められ、自身のエゴに気づかされ、後悔が尽きない。自らの思い出を整理するうち、次第にウェットになり、秘めていた感情が溢れていく。
そんな痛みを経て、ジーンは自分らしく生きていく覚悟のようなものを身につけた。元カレの連絡先を消し、母が執着する父が残したピアノを処分し、父の写った家族写真を破り捨てた。すべて捨てなくては先に進めないし、人生をリセットできないから。自らを貫いたラストの表情は痛くて切ないが、凛として美しかった。
かつては傍若無人だったジーンが傷つきながら成長していく姿が、心のヒダに分け入るように繊細に静謐に描かれ、心の動きが優しく伝わってくる。ビターな味わいだが、深い余韻に溢れ、オークベープ・チュティモンの強い眼差しが印象に残った。また、どことなくエドワード・ヤン、ホウ・シャオシェンら台湾映画のテイストを感じた。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!