『ブラックバード 家族が家族であるうちに』ロジャー・ミッチェル

安楽死を巡る家族の葛藤と再生

ブラックバード 家族が家族であるうちに

《公開年》2019《制作国》アメリカ、イギリス
《あらすじ》ある週末、医師のポール(サム・ニール)と妻のリリー(スーザン・サランドン)が暮らす海辺の邸宅に娘たちが集まった。末期のALS(筋萎縮性側索硬化症)であるリリーの病状が進行し、体が不自由になっていく彼女が安楽死を決意して、その最期を家族と過ごすためだった。
長女ジェニファー(ケイト・ウィンスレット)は母の決断を受け入れていて、夫マイケルと15歳の息子ジョナサンを連れてきた。長いこと音信不通だった次女のアナ(ミア・ワシコウスカ)は同性のパートナーのクリス(ベックス・テイラー=クラウス)と共に訪れた。また、家族ではないリリーの親友リズ(リンゼイ・ダンカン)も来ていた。
何も知らされていないジョナサンはポールに今回の訪問の目的を聞いた。リリーに薬を飲ませて自殺に見せかける、それがリリーにできる精一杯のことだと打ち明けた。
次女のアナは母の決意を受け入れられずにいて、何かと正義を押し付けてくるジェニファーの態度を疎ましく感じていた。感情的になって、自殺を警察に知らせると言うアナをジェニファーが必死に止めた。リリー本人は、クリスマスで最後の夜を過ごしたいと言う。
季節外れのクリスマスの飾り付けをしてごちそうを並べ、ドレスアップしたリリーを中心に、家族全員で写真を撮った。リリーは一人ひとりにプレゼントを贈り、ポールには指の結婚指輪を抜いて渡した。死ぬ日を決めたら死ぬのが怖くなくなったと言う。
幸せな最後のディナーはアナの言葉で破られる。音信不通の間は自殺未遂で精神病院に入院していたと告白した。厳しく問い詰めるジェニファーに耐えられなくなったアナは部屋に閉じこもり、クリスの話によるとアナは躁うつ病だった。強くいい子に育つようしつけてきた母の期待が重圧になっていたらしい。
その日の夜遅くジェニファーは、父ポールと母の親友リズがキスしているところを目撃する。なぜ家族でないリズを呼んだのか、いぶかしく思っていたジェニファーは翌朝アルバムを見て、家族写真にリズの姿が数多く映っているのを確認し、ある疑念を持った。そして家族全員が集まった席で、その疑念を告げた。「二人は愛し合っていて、パパはリズに操られているかも」と。
しかし事実は違った。「信頼できるリズとポールが一緒になるよう私が頼んだ」というリリーの告白に、ジェニファーは謝るしかなかった。
覚悟を決めたリリーは寝室に向かい、ベッドに横になって脇には二人の娘が寄り添った。そして薬入りのグラスを飲み干し、その瞬間がくるまで二人を抱きしめた。
リリーを見送った一同は自宅に帰るため、それぞれ海辺の家を後にした。残されたポールは家の明りを消し、計画通り散歩に出た。



《感想》末期のALSで体の自由が奪われていくリリーが安楽死を決意し、医師である夫の協力で実行する前に、家族と親友を集めてお別れ会を開く。長女は母の意志を尊重したいと言うが、次女は頭で理解はしても感情面では受け入れられずに反対する。母の安楽死を巡って揺れ動く娘たちの思いを軸に、離れて暮らす家族が一つの家に集まり過ごす中で、それぞれの傷や秘密が露呈していく。
そして、家族以外でただ一人参加した母の親友リズに不審の目が向く。リズと父との関係が指摘され「もしかして共謀?」の疑惑が湧くが、母が死後の家族を思う自分の考えであると明かし、娘だけでなく夫の今後まで親友に託した母の意志の固さに心動かされて、それまでのわだかまりが消えていく。
自死と尊厳死の境界は曖昧だし、安楽死は善悪二元論では片付かない超難問。映画では全員が自殺幇助的行為に加担しているのだから、一応安楽死を肯定する側に傾いているのだが、その葛藤にはあまり深入りせず情緒的なところに帰着してしまった。この掘り下げ不足がやや物足りないところか。
ただ死を受け入れるまでのプロセスで、表向き幸せそうな家族の不和とか赤裸々な人間模様が見えてきて、家族の愛憎のドラマとしては結構興味深い。誰の身にもいずれ死は訪れる。大切な人との別れをどう受け入れていくか、自らの旅立ちをどう迎えるか。さらに家族とは何かを考えさせられる。
死を間近に意識することで生のあり方が見えてくる。そんな家族の再生の物語でもあった。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。