『グローリー 消えた腕時計』クリスティナ・グロゼヴァ他

権力の横暴と格差社会を辛辣に

グローリー 消えた腕時計

《共同監督》ペタル・ヴァルチャノフ《公開年》2016《制作国》ブルガリア他
《あらすじ》舞台はブルガリア。鉄道保線員のツァンコ(ステファン・デノリュボフ)は保線作業中に、線路脇に散乱した大金を見つける。それを正直に警察に届けたことから思いがけない騒動に巻き込まれてしまう。ツァンコはペットのウサギを可愛がる優しい吃音者だった。
この正直者を政治プロパガンダに利用しようとする運輸省広報部の広報官、ユリア(マルギタ・ゴシェヴァ)は運輸大臣による表彰式を設定する。マスコミは押し寄せるが、ツァンコには吃音という障害があってスピーチはままならず、粗末な服装は職員の服を借りて着替えさせられる有り様。それでも当局の指示通りにセレモニーをこなすが、副賞の腕時計を腕にはめる儀式があるため、ユリアがツァンコの腕時計を一時的に預かった。それは父からの贈り物で、仕事を支えている大事なものだった。
ユリアには同じ職場に働くヴァレリという夫がいて、子宝に恵まれない二人は不妊治療に通っていた。ヴァレリは公私ともにユリアをサポートする優しい夫、それに引き換えユリアは40歳になり子どもは欲しいものの仕事優先というキャリアウーマンだった。
祝賀パーティーが済み、ツァンコは預けた時計を返してと伝えるが、ユリアは知らぬふりで、彼はその対応に怒る。その翌日電話をすると、受付に預けておくと言うので出向いたら、同じ型の時計だが別物だった。裏に「息子ツァンコへ」の文字がない。再度電話をすると、ユリアは逆ギレするのだった。
そこでツァンコは、祝賀パーティーで知り合ったジャーナリストのコレフに相談した。その中で、財政難による給料未払い、その背景に燃料を盗む同僚保線員の不正行為の話が出て、反体制派ジャーナリストのコレフは飛びついた。早速自身がキャスターを務めるテレビ番組に出演し、用意された原稿を読むことになる。
折しもユリアは採卵日に当たっていて、病院の控室でそのテレビを見た。燃料抜き取りの話と、大臣に話したが無視されたと暴露し、驚いたユリアは対応に追われる。馴染みの警察官スラヴィに手を回して、ツァンコ宅に家宅捜索に入り「大金のネコババ事件」を捏造して彼を逮捕させた。脅されたあげく、謝罪するハメになる。釈放されたものの、同僚からの報復が待っていた。
ユリアの人工授精は順調に経過したが、「保線員が自殺」の新聞記事を見て胸騒ぎがする。ツァンコの電話は通じず、ユリアは情緒不安定になりながら時計探しをする。酒浸りになり、酔いつぶれてヴァレリの車で夜明かしした朝、車内で時計を見つけた。
その時計を持ってツァンコ宅を訪れるユリア。現れたのは傷だらけの顔をしたツァンコ。時計を置いて帰ろうとしたユリアに、ツァンコは近くにあった仕事用の大型レンチを振り上げた。



《感想》貧乏だが正直者の鉄道保線員と自己中心的なエリート女性官僚がいて、正直者の善行を官僚は政治プロパガンダに利用しようとするが、彼が大事にする腕時計を預かって紛失したことから事態がこじれる。また正直者は同僚の不正行為の事実を握っていて、それを反体制派ジャーナリストがかぎつけ報道したことから、正直者は官僚だけでなく同僚からも迫害を受けることになった。
官僚のユリアは徹底した悪役で、権力を守ることしか念頭になく、社会の底辺に生きる人の気持ちなどお構いなし。ところが「自殺者」報道を見て突然良心の呵責に目覚め、人間性を取り戻したところから歯車が狂い、さて結末は?
この官僚は一方で、子どもが欲しくてもできず不妊治療中というごく普通の悩みを抱えていて、金や権力があっても叶わない幸せがあることを匂わせ、正直者を吃音者にしたのは、自己主張も弁解も苦手、権力が説き伏せやすい一層の弱者に仕立てたということか。解釈は様々だが、この「設定」も気になった。
全体に重苦しい雰囲気が漂い、腹立たしく不愉快にはなるのだが、主人公の正直者ツァンコのキャラが何とものどかで、少しズレた生活感覚の持ち主のためユーモラスなシーンに事欠かず、結構バランスが取れている。
よく練られたストーリーで、演出もテンポ良く惹き込まれてしまう。政治家や官僚たちが下級国民をさげすむ傾向は、この国に限らずにあること。権力を揶揄する寓話のようで実に面白い。

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投稿者: むさじー

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