『れいこいるか』いまおかしんじ 2019

子を亡くした夫婦の鎮魂と再生のドラマ

れいこいるか

《あらすじ》1995年1月、須磨の海岸で幼いれいこと戯れる太助(河屋秀俊)と伊智子(武田暁)の夫婦。楽しいひとときを過ごしたその晩に震災が発生する。折しもその晩、伊智子は浮気相手(時光陸)とラブホで密会していて、太助はその時外で煙草を吸っていた。一人寝ていたれいこが倒壊したアパートの下敷きになり亡くなってしまう。
5年後、伊智子の浮気が原因で二人は離婚し、伊智子は本好きのフリーライターと再婚し、母親が営む立ち飲み酒屋で働いている。そこには太助の父がタダ酒を求めてよく訪れる。太助も同じ街に暮らし、伊智子と顔を合わせることもあり、どこか浮かない伊智子に「あんまり自分を責めんとき」と声を掛けた。
伊智子は太助と別れてから何度も男を替えている。再婚したフリーライターとはすぐに別れ、震災時の浮気相手とも付き合っているが、彼は震災時のトラウマからゲイになってスナックを始めていた。「青空シナリオ講座」を開く男から結婚を申し込まれるが詐欺師と分かり、その後、同じ講座で学ぶ若者ともいい仲になっている。しかし、伊智子は徐々に視力を失い、やがて白い杖を頼りに歩くようになってしまう。
一方の太助は事件に巻き込まれる。近所に住む卓球好きの少年を可愛がっていたが、その母親に暴力を振るうDV夫から母子を救おうと揉み合ううちに、男が頭を石にぶつけ死んでしまう。太助は殺人罪で服役した。
時は過ぎ、太助の父は死に、伊智子の母は痴呆が進むなど、いろいろと変わっていった。
震災から23年が過ぎて2018年。太助は出所し、伊智子は全盲の危機から回復して、母の代わりに立ち飲み酒屋を営んでいる。そんな二人が再会し、れいこと行った思い出の水族館にイルカショーを見に行った。そこでかつて助けた卓球少年の成長した姿に出会う。彼女連れで名前が「れいこ」だった。挨拶して去る彼女の後姿に思わず「れいこ」と呼びかけるのだった。
伊智子は太助と初めて出会った場所「メトロ卓球場」へ彼を連れて行き、そして伊智子のアパートへ。れいこが好きだったイルカのぬいぐるみを振り回して戯れる二人、そのイルカを挟んで川の字に寝る二人。言葉にはしないが、れいこは心の中にずっといるのだ。
震災の日を迎え、夜明け前の慰霊祭が行われる。伊智子と太助は思い出の須磨海岸に行った。今は宮城で災対の仕事をしているという太助を、伊智子は明るく見送った。
神戸市の復興のシンボルとして設置された鉄人28号のモニュメント。人々の人生が目まぐるしく変わる中で、ウルトラセブンに夢中なヒロシだけは何も変わらず、子どものように走り回っている。



《感想》幼い愛娘れいこを震災で亡くして離婚した太助と伊智子の元夫婦は、その後長年に渡り付かず離れずの関係を続けていく。どこかに不在となったれいこの存在があるのかも知れない。笑顔やおどけで交わす二人の会話の裏には、二人にしか分からない秘めた心の痛みが見え隠れしている。
そんな傷を抱えた二人だが、不条理な現実でも受け入れて生きていくしかなく、過去の痛みと向き合うことでしか前に進めない。やがて、過ぎゆく月日が二人の負った傷を徐々に癒していくのだが、それには20年以上かかった。
映画の展開には大胆な省略が施されている。前半、二人が別れた際のやり取りは全く描かれずに「5年後」になり、前情報なしに観た人はかなり戸惑うが、その辺を丁寧に描いてしまうとかなり重いものになってしまう、そんな配慮かと理解した。
また後半、伊智子が視力を失っていきなり回復する展開は、一瞬「回想シーン」かと勘違いをした。説明不足で確かに混乱させられるが、視力の回復については心に傷を負って闇をさまよい、次第に傷が癒えて明るさを取り戻し状況が見えてくる、そんな比喩のように思えた。これらの省略で映画にテンポが生まれた気がする。
二人を取り巻く面々も、タダ酒を求める太助の父親や、青空シナリオ講座を開く詐欺師、ウルトラセブンに夢中な知恵遅れの男など支離滅裂な人ばかり。そんな人たちの他愛ないエピソードが繰り広げられるのだが、関西弁が飛び交って、緩めの笑いに変えられていくその分、裏にある物悲しさが一層際立ってくる。
下町人情物語の風情の中に、月日を重ねて生きていくことの歓びや哀しみが描かれる。いまおか作品には「しみじみ」という言葉がよく似合う。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、偏屈御免。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!