『ダムネーション / 天罰』タル・ベーラ

解放を願い、諦観で生きる

ダムネーション 天罰

《公開年》1988《制作国》ハンガリー
《あらすじ》炭鉱の町の窓から石炭を運ぶ滑車が見える部屋。そこに住むカーレル(セーケー・B・ミクローシュ)は、髭を剃って外出し、様子を窺ってから愛人(ケレケシュ・バリ)の部屋へと向かった。しかし、すげなく追い返され行きつけの酒場へと足を向ける。
店は店主(パウエル・ジュラ)と二人だけで、店主から「小包を受け取り運ぶだけの仕事」をしないかと持ちかけられる。この町を離れたくないカーレルは、知り合いにやらせようと答えた。
大雨の中、タイタニック・バーに入ると、歌手である愛人がタバコ片手に「終わった恋の歌」を歌っていた。店内にいた愛人の夫(チェルハルミ・ジュルジュ)からカーレルは、「二度と妻に近づくな」と脅される。クローク係の女も「あの女は魔女」と言う。
カーレルは愛人とその夫に、酒場の店主の仕事を持ちかける。乗り気になった愛人の夫は酒場を訪れ、店奥で店主と仕事の打ち合わせを始めた。二人きりの席で愛人は、別れて町を出ると言う。
カーレルは諦めきれずに雨の中、柱の陰から愛人宅の様子を窺う。するとクローク係が現れ、その背後に夫が出かけるのが見えた。クローク係の「もう引き留めないわ」の言葉で意を決したカーレルは、愛人の部屋を訪れて迫るが、力一杯拒否された。
それでも諦めきれないカーレルは、街を歩く愛人の後をつけ、謝罪と愛の言葉を語り続けた。そして、滑車の音だけが響く部屋で二人は体を重ねた。饒舌になったカーレルは「君と一緒にいられるなら人の道をはずれてもいい」と言い、愛人は「明日の夜、夫が帰ってくるわ」と応えた。
カーレルは酒場の店主と問答する。カーレルの「俺は臆病者だ」と言う言葉に店主は「君は自分の世界が変えられると思っているが、この世には秩序があって覆すことはできない」と返した。
やがて酒場の店内には陽気な音楽が流れ、踊り明かす人々で溢れた。カーレル、愛人とその夫、酒場の店主の4人が同席して祝杯をあげる。やがて愛人夫婦が抜けて二人きりになった時店主は、愛人の夫が小包を開封し中身の一部を盗んだことを嘆いた。儲けは十分にあるので咎めないようだ。
クローク係が席にやってきてカーレルに言う「ダンスは地上の束縛から解放してくれる。行きなさい。まだ間に合うわ」。外は大雨だが、酒場の店主が車の中で愛人と抱き合っていた。店内は全体が輪になるように踊り続けている。
やがてパーティは終わり、店内にはゴミが散乱していた。カーレルは店を後にして述懐する「道を踏み外したらもう元に戻れない。全てを受け止める覚悟がある」と。逡巡の末に翌朝、カーレルは警察署に行き、彼らを密告するのだった。雨降る荒れ地をカーレルは一人去って行った。



《感想》長雨でうら寂しい炭鉱の町の閉塞した生活、そして全編を覆うペシミズム。6年後の『サタンタンゴ』を予告するような内容だが、ストーリーもメッセージももっと漠としている。ストーリーは通俗ミステリー風であり、深い意味がありそうにも思えるが、よく分からない。
監督いわく「物語に耳を傾けるより、空白の部分に耳を傾けることに配慮した」。空白の部分という表現も分かりにくいが、人々が置かれている状況といったところか。
登場人物は、不倫、盗み、裏切りと、我欲を満たすことのみ考える愚か人で、罪に絡めとられて破滅していく人たちばかり。そのセリフはやたら詩的だが、自身が持つ俗物キャラと不釣り合いの印象を受ける。思いの丈と現実の生き様のギャップが見えるようでもある。
彼らが抱えるのは鎖につながれたままの憂鬱。荒れ地に群がる無数の野良犬は少なくとも鎖につながれていないが、彼らはこの町から出るに出られず、延々踊り続けるダンスでこの世の束縛から解放されたいと願っている。穏やかな絶望の上にある日常、静かな諦念を持って受け入れるべき人生。それでも生きるしかない。
不思議な人たちの意味ありげな問答が続き、物語の意図するところが容易に見えてこない展開に正直少し退屈した。それを退屈なだけと見るか、深いと見るかは観客次第で、どちらの気持ちも分かる気がする。
しかし、完璧な構図で捉えられた美しいモノクロ映像が、長回しでゆっくりと流れていく世界は、それだけで観る価値ありだと思う。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!