可笑しくもリアルに描く不器用な男女の生き様
《あらすじ》アツシ(篠原篤)は3年前の通り魔殺人事件で愛する妻を亡くし、それ以来喪失感で仕事のできない日々を過ごしている。今は橋梁点検の仕事をしているが、訴訟に向けた弁護士費用が大きな負担で、健康保険料の支払いに苦しむほど生活は困窮している。
弁当屋のパートで働く瞳子(成嶋瞳子)は、夫婦仲の冷えた夫とケチな姑との三人暮らしで、密かに漫画と小説を書いている。ある日の仕事帰り、職場に出入りする肉屋の弘(光石研)が逃げた鶏を捕まえるところを手伝わされ、一緒に追いかけて心がときめく。その礼に晴美(安藤玉恵)が経営するスナックでビールをごちそうになり、美女水なる怪しげな水を売りつけられた。
弁護士の四ノ宮(池田良)は弁護士事務所に勤務していて、同僚と話しながら歩いている時、背中を押されたはずみで階段を転げ落ちて足を骨折した。学生時代から親友の聡が妻と幼い息子を連れて見舞いに来る。四ノ宮がゲイであることを知っても聡の友情は変わらなかったが、息子に触れる四ノ宮を見て聡の妻は不審な表情を浮かべる。そこに四ノ宮と同居する若い同性のパートナーが訪れた。
瞳子の家に浩が美女水を届けに来て、瞳子が書く小説や漫画をネタに話がはずみ、その日のうちに二人は関係を持ってしまう。後日、弘は瞳子をドライブがてら養鶏場に連れていき、養鶏場を買うための出資を持ち掛けた。
四ノ宮は退院した。ギプスを付けたままなのでパートナーの世話になるのだが、四ノ宮の傲慢な態度にパートナーは嫌気がさして去って行った。独立を考えている四ノ宮は、事務所物件を不動産業の聡に案内してもらうが、聡も電話口の妻の態度もよそよそしい。四ノ宮が息子にいたずらしたという疑いがかかっていた。
アツシは、損害賠償訴訟の着手金を持って弁護士の四ノ宮に会う。事件の容疑者は精神鑑定の末に措置入院になっていて、今さら裁判を起こしても利益は薄いと四ノ宮は訴訟担当を断ってきた。それでも諦めきれないアツシは殺意を一層深め、街で覚醒剤を買うがそれはカルキで、手首を切ろうとするがそれもできず、仏壇の妻に詫びた。
瞳子は荷物をカバンに詰めオシャレをして弘の家に行ったが、そこで見たのは情けない薬物中毒の弘の姿だった。同居する晴美は去って行った。
やっとギプスのとれた四ノ宮は聡に電話をする。息子へのいたずらは妻の妄想のようだが、聡とも距離ができてしまったようで、すぐに電話を切られてしまった。四ノ宮は、もう声の届かない聡に向かって好きだったと告白する。
瞳子は元の生活に戻り、晴美が詐欺で逮捕されたことをテレビで知った。四ノ宮は離婚相談中に、聡から贈られた万年筆を見つめて涙を流した。アツシは職場に復帰し、橋梁点検中のボートから青空を見上げ、妻のいる天国を指して「よし!」と言った。
《感想》橋梁点検の仕事をするアツシは、3年前に愛する妻を通り魔事件で亡くし、それ以来自堕落な暮らしをしている。夫との仲は冷え、合わない姑と同居する瞳子は、パートで知り合った肉屋の男と不倫するが男は薬物中毒だった。弁護士の四ノ宮はゲイで、恋人と別れたばかり。ずっと好きだった同性の友人が家族連れでケガの見舞いに来るが、その妻からは偏見の目で見られてしまう。
生きる希望が見いだせない、閉塞感の出口が見えない、マイノリティとして生き辛さを抱えている。そんな人たちが「思い通りにならなくても、それでも進んでいく」と前向きに再生していくストーリー。ラストはそれぞれに自分なりの着地をする後味のいいエンディングだった。
映画製作はワークショップからスタートしていて、主役三人は素人同然なため、監督自身が俳優に合わせたキャラ設定で当て書きした脚本とのこと。それゆえ三人の醸し出す雰囲気、存在感は半端ない。そこに感じるのはドキュメンタリーのようなリアリティ。というよりリアルな生活感といった方が近いかも知れない。
その生々しさには圧倒されるのだが、それに頼りすぎてストーリーのリアリティ不足を感じてしまった。アツシは取り巻く人たちとのエピソードが弱く、瞳子は肉屋&スナックママとの関わりが非現実的で、四ノ宮はゲイの苦悩が浅すぎる。それらが共感を妨げる要因のように思えた。
とはいえ、社会の縮図のような、地味に生きる不器用な男女の生き様を繊細に、温かい空気感で描く橋口ワールドの居心地は悪くない。
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