『旅立つ息子へ』ニル・ベルグマン

子の成長と親の子離れ物語

旅立つ息子へ

《公開年》2020《制作国》イスラエル、イタリア
《あらすじ》父親アハロン(シャイ・アヴィヴィ)はASD(自閉スペクトラム症)の成人した息子ウリ(ノアム・インベル)と二人暮らし。連れ立っての外出から帰ると別居中の妻タマラが待っていて、ウリを施設に入所させる打ち合わせを始めた。
アハロンはかつてグラフィックデザイナーをしていたが現在は仕事を辞めていて、定収入がないため養育不適合と判断され、裁判所の命令でウリの施設入所が決まっていた。夫婦の間で何度も話し合い結論は出ているのだが、入所を嫌がる息子の処遇で意見は分かれ、別居に至っている。
そして入所の日、施設で待つタマラに促され、アハロンとウリは列車を乗り継いで施設に向かうが、到着駅でウリがパニックを起こす。叫び出し動こうとせず、タマラに事情を話しても平行線で、施設にも行けず家にも帰れない状況に陥った。ふと浮かんだのが近くに住む、アハロンの昔からの女性の友人エフィの所だった。
ところがエフィは母親を亡くしたばかりで、葬式のため家には親戚・友人が集まっていた。それでも泊めてもらったその夜、落ち込んでいるエフィから、介護してきた母の死に「ホッとした。私はひどい?」と問われ否定して慰めるが、これも辛い現実と思うのだった。そして翌朝速やかに辞した。
とりあえず手持ちの金でホテルに泊まることにし、次にアメリカの友人を頼って海外逃亡することを思いついて、友人のノニに自分たちのパスポートを送って欲しいと電話をした。しかし航空券の手配に行くとカードが利用停止になっていた。タマラが口座凍結させたのだった。ノニからパスポートとわずかな現金が届いたものの、どうにもならずホテルから逃げた。
次に弟のアミールを訪ねるが、彼は何となく状況を理解しているようで、暮らしているヨットには、最近高額で購入したらしいアハロンの描いた絵を所有していた。それを知ったアハロンは気に入らず、アミールが仕事を捨てた兄を批判し、施設に委ねるべきと意見したため、そこも立ち去った。
そしてアハロンが海岸で眠っている時、金がないのにウリがアイスクリームを食べて、怒ったアイス売りと悶着になり、アハロンがアイス売りに暴力を振るったことから逮捕されてしまう。
やがてウリは施設に入所し、アハロンは一人暮らしになった。ところが、ウリがガラスを割り暴力的なので預かれないと、両親は施設に呼び出される。チャプリンの『キッド』が好きな彼は、ガラスを割ればアハロンが来てくれると考えたらしい。タマラもアハロンの考えに従うと同意した。
そして退所予定の日。迎えに行ったアハロンは、絵を描くワークショップに行こうとするウリに出会う。「僕はここに住みたい。さよならパパ」と言い、苦手な自動ドアに自分でボタンを描いていた。そんなウリの成長に目を見張り、息子の旅立ちに感慨を抱くアハロンだった。



《感想》成人したもののASDによって自立できない息子がいて、不憫に思い溺愛する父親がいた。映画の謳い文句通り、親子の絆とか子を思う親の気持ちはよく理解できて、温かい父と冷たい母の図式で見ていたが、手に余る息子と度を越した父の息子愛を見るうち「これでいいのだろうか」という見方に変わっていく。そして息子のタダ食い事件の勃発で父の暴走は頂点に達した。
ラストはタイトル通り、息子の成長に気づいた父が、安堵と寂しさを感じながらも息子の旅立ちを見送ることになる。この時の父と息子の急変ぶりにやや唐突の感を抱いたのだが、思い返すと十分な伏線があったことに気づかされる。むしろ、さり気なく慎ましやかなこのラストシーンのために物語を紡いできたように思えた。
息子と旅をする中で、隣席の男に水を取ってくれと頼まれ自然にそっと差し出したり、成人男女に交じってダンスに興じたり、これらを見るたびに父は息子の成長を感じたはずである。そして今、苦手だった自動ドアを自分の手で克服できた。
また父は、老母を介護の末に見送った女性の「ホッとした」という本音を聞いて慰めながら、これも辛い現実だと気づき、ソリが合わず疎遠になっていた弟夫婦の真の思いやりに触れる。陰で応援するピザ屋の友人を含め、みな素敵な人たちだった。
ありふれたエピソードなのだが、過度な演出を避けた淡々とした描き方が滋味に溢れ、しみじみとした余韻を残している。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、偏屈御免。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!