『天使の涙』ウォン・カーウァイ

スタイリッシュに描く都会の刹那

天使の涙

《公開年》1995《制作国》香港
《あらすじ》そろそろ足を洗いたい殺し屋(レオン・ライ)とそのパートナーである美貌のエージェント(ミシェル・リー)。仕事に私情を持ち込まないのが彼らの流儀で、二人は顔を合わせたことがなく、エージェントが計画を立て、殺し屋がそれに従って実行しているが、殺し屋は限界を感じていた。
エージェントが根城とする重慶マンションの息子モウ(金城武)は5歳の時、期限切れのパイン缶を食べ過ぎて以来、口がきけなくなった。定職に就けない彼は、夜になると閉店後の店を開けて勝手な商売をしている。肉屋、八百屋、床屋、アイスクリーム屋等々。時に強引に売りつけるが至って明るく屈託がない。
ある日、モウは失恋したばかりの娘(チャーリー・ヤン)に出会って恋をするが、彼女は振られた相手が忘れられず彼を相手にしてくれない。一方、殺し屋はちょっとキレてる金髪の女(カレン・モク)と出会い、互いの温もりを求めて一夜を共にした。
モウは日本料理の居酒屋で働き始め、店主斉藤さんが日本の家族にビデオレターを送っているのを真似てビデオ撮影にハマり、身近にいる父の楽しそうな姿を撮るようになった。
一方、殺し屋と別れた金髪女は、地下道でエージェントとすれ違いざま、互いに相手の香水から殺し屋との関係を嗅ぎ当て、エージェントと殺し屋を引き合わせることにする。殺し屋は引き際を考えていたが、エージェントから最後の仕事を依頼され、彼はそれを情け心で受けた。ところが殺し屋はその仕事で初めて失敗をして、数発の銃弾を浴び意識が薄らいでいくのだった。
その後、モウは父親を亡くし、残されたビデオを観ながら父親を偲んだ。再び元の商売に戻って、バーガーショップで「営業」をしている時、CA姿の失恋娘に再会するが、彼女は全く覚えていない風だった。
街の飲食店でモウとエージェントが出会った。モウは店の客と喧嘩になって傷だらけにされ、パートナーを失ったエージェントは不味そうに麺を食べていて、彼女から家まで送ってと頼まれたモウはバイクに乗せた。その道すがら、彼女は久しぶりに人の温もりを感じ、その温かさは永遠と彼女は思った。



《感想》香港の街で繰り広げられる5人の男女の恋愛群像劇。エージェントの指示通り殺人を繰り返す殺し屋と、夜中に他人の店で勝手に商売をする口のきけない男を軸に3人の女が絡む。
本作は元々、前年の『恋する惑星』の三つ目の物語になるはずだったとのことで、雰囲気は似ている。だが比べるとだいぶ粗削りで、登場人物の奇怪で意味不明な行動は一層過激。そして前作より、虚無と倦怠、刹那的で退廃的といった雰囲気が重く漂う。欠けているのは湿度感だと思った。
キャラは多少違っても、不器用で純な男と、無軌道だが一途な女がいて、そこはかとなく秘められた思いが行き交い、ムンムンした中にときめきや切なさが感じられるのが同監督の90年代の作風だが、本作はやや乾き気味。
少し情感が見えたのは、口のきけない息子がノイズだらけのホームビデオで笑顔満面の父親を偲ぶシーン、それから殺し屋を失ったエージェントが煙草を吸いながら不味そうに麺を食べるシーンくらいだった。
本作でもクリストファー・ドイルの撮る香港の夜景は妖しく美しい。そして、カラーとモノクロの使い分け、スローモーションの長回し、ブレブレとワイド画面のドアップ映像は、好き嫌いは分かれそうだが斬新だ。ハードボイルドとコメディ、恋愛と父子愛、いろいろ詰め込んでやや破綻気味の、荒唐無稽なストーリーとうまくマッチしている。
役者陣で特筆すべきは金城武の軽さと、ミシェル・リーの妖しげな美しさか。

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投稿者: むさじー

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