戦後混乱期を強く生きた女性たちの悲哀
《あらすじ》敗戦直後の大阪。バラック建ての古着屋に来た大和田房子(田中絹代)は、持ってきた古着を現金に換えた。房子の夫は戦地からまだ帰らず、幼児結核の子どもを抱えて生活は困窮し、朝鮮半島で終戦を迎えた両親や妹は消息不明のままだった。
彼女は焼け出された後、夫の実家で姑や義弟、義妹の久美子(角田富江)と同居しながら、手元の着物を売り払って何とか暮らしを立てていた。疲れた顔の房子に古着屋の女主人は、いい話と暗に売春を持ち掛けるが、彼女は腹を立てて店を後にした。
やがて房子は、ラジオで夫の消息を知る元兵士の存在を知り、姑と共に栗山商会という会社を訪ねるが、そこで彼女は夫が戦地の収容所で病死したことを知らされ、わずかな遺品を受け取った。更にその直後、子どもの病状が急変して息を引き取った。
生きる希望を無くし呆然とする房子を助けたのは、栗山商会の社長・栗山(藤井貢)だった。房子は彼の秘書となりアパートに引っ越して一人暮らしを始めるのだが、実は栗山とは関係ができていて、いわば愛人だった。
そんな折、房子は街で内地に引き揚げてきていた実妹の夏子(高杉早苗)と再会する。両親は既に亡くなったことを聞かされ、ダンサーをしているという夏子に頼まれてアパートに同居することになった。ところが好色家の栗山は夏子にも手を出し、絶望した房子はアパートを飛び出して、古着屋の女主人の手引きで街娼になってしまう。
心配した夏子は姉が街角に立っていると聞いて様子を見に行き、折しも警察の一斉検挙にぶつかって、街娼と間違われて逮捕されてしまう。性病検査のため病院に送られたが、幸いそこに房子も収容されていた。翌日、夏子が梅毒に感染し、しかも妊娠していると聞いた房子は大きなショックを受けた。夏子は病気を治して産むと宣言し、それを聞いた房子はいたたまれない気持ちになって病院を脱走し、街娼の暮らしに戻った。
一方、釈放されてアパートに戻った夏子は、栗山に妊娠を告げ「堕ろせ」と言われるが、折しも訪れた警察によって栗山は密輸容疑で逮捕されてしまう。一人残された夏子は自棄になって色々な男と関係を持った。房子はアパートを訪れてその事情を知り、夏子を婦人保護寮に連れていく。急に産気づき出産するが死産だった。
その後、房子は縄張りを荒らして勝手に商売していた街娼がリンチされている現場に遭遇する。それはなんと義妹の久美子だった。彼女は家出して男に騙された挙句、街娼になっていた。清純だった彼女の変わりように衝撃を受けた房子は、久美子をかばいながら号泣した。久美子も泣いて房子にすがり、房子の「帰ろう」という言葉に頷いた。足を洗おうとする二人は仲間からの暴力を受けるが、同情した仲間がリンチをやめさせ、二人はその場から逃げた。
《感想》溝口監督には、貧しく悲惨だがたくましく生きる娼婦の世界を描いた『赤線地帯』(1956年)という傑作があり、売春防止法案が審議されている最中にリアルタイムで強烈なメッセージを送っている。
本作も敗戦から3年。世情も価値観も混乱する中にあって「今、映画は何を為すべきか」とリアルタイムで問う監督の姿勢が明確に示されている。『赤線地帯』で描かれたのは遊郭という管理された社会だが、本作で描かれるのは、当時パンパンと呼ばれた街娼の世界で頼れるのは自分だけ,まさに生きるか死ぬかの凄惨極める世界だけに一層観るのが辛い。
映画はドキュメンタリー風で生々しく「虐げられた女性を冷徹なリアリズムで描く」という姿勢にブレはなく、混沌とした時代を生き抜いた女性たちの怒り、悲しみと共に、作り手の願いが力強く表現されている。暗くて重いが骨太で繊細な、そのリアリズムに徹した映像世界に惹き込まれる。
余談になるが2022年9月、長塚圭史演出でミュージカルの『夜の女たち』が上演されWOWOW で放送された。内容は映画の依田義賢脚本をほぼ踏襲していて、この題材をミュージカルにというのがまず驚きだった。正直、ミュージカルとしては未完成という印象だが、「戦争の悲惨さを風化させたくない」という明確な思いと、冒険する、挑戦するという熱量が十分感じ取れる舞台だった。愚かなことだが戦争は繰り返されてこの世界から無くならない。そのことを思い起こさせると共に、音楽の力、歌の力に心動かされるものがあったので付記した。
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