『ローラ』ジャック・ドゥミ

愛する喜びと切なさ、そして旅立ち

ローラ

《公開年》1961《制作国》フランス
《あらすじ》1日目)南フランスの港町ナント。1台の高級車が通り過ぎ、寄港したアメリカの水兵たちは騒ぎながらキャバレー「エルドラド」に向かった。その一人フランキー(アラン・スコット)のお目当てはダンサーのローラ(アヌーク・エーメ)だった。ローラは息子イヴォンと暮らすシングルマザーで、彼とは大人の関係にあって、店に着くと二人はローラの住まいに直行した。
一方、同じ町に住むローラン・カサール(マルク・ミシェル)は働く意味が分からないと読書に耽って遅刻を繰り返し、勤め先をクビになった。アパートの1階は大家のクレールがカフェを営み、彼女から紹介されて行った美容院で、外国と往復してカバンの受け渡しをするという怪しげな仕事を引き受けた。
また、ローランは書店でデノワイエ夫人(エリナ・ラブールデット)と娘のセシル(アニー・デュペルー)と知り合い、娘と同じ名の幼馴染のことを思い出した。戦争が終わって以来10年以上会っていないが、ある日、街でそのセシルと偶然再会する。彼女は今や踊り子のローラになっていた。
ローランは、約束した辞典をデノワイエ夫人宅に届けた後、ローラと二人だけの時間を過ごす。彼女は14歳のときアメリカの水兵ミシェルに出会って初恋を経験し、数年後に再会したとき息子イヴォンを宿したが、それを知って彼は姿を消し、彼女は今も待ち続けていることを打ち明けた。
2日目)朝方、仕事を終えたローラはフランキーを自室に連れていくが、その姿をローランが見て嫉妬心を起こす。ローラが息子を学校に送った後、ローランは彼女に愛を打ち明けた。旅に出るのをやめてローラと結婚したいと言うが、彼女は「愛していない」と拒絶し、ローランはフランキーのことで彼女を責め「娼婦のようだ」とののしって、二人は喧嘩別れした。
少女セシルは前日、書店に1冊しかなかった漫画を若い水兵から譲り受けていた。そのフランキーと学校帰りに再会し、祭りで賑わう移動遊園地で二人は楽しいひとときを過ごした。その夜、ローランはセシルの誕生祝に行き、明日旅立つことを告げ、夫人は別れを惜しんだ。
3日目)ローランを雇った美容院店主がダイヤ密輸で逮捕され、彼はその騒ぎの中でローラと再会する。ローラはフランキーとの話はウソと打ち明けて誤解を解き、仲直りした上で二人は別れた。
ローランはセシルが家出したと聞いてデノワイエ夫人を訪ねると、実父が住むシェルブールに行ったと明かされる。夫人も娘を追って旅立った。
やがて白い車に白いジャケットの男がクレールのカフェに現れた。それがミシェル(ジャック・アルダン)だった。一方、いくら待っても現れないミシェルを諦めたローラは、「エルドラド」の踊り子たちに別れを告げていて、そこへミシェルが現れる。二人は熱い抱擁を交わし、ミシェルの車で店を後にした。走る車の中からローラが目にしたのは、港へと急ぐローランの姿だった。



《感想》ジャック・ドゥミがミュージカルに手を染める前の長編デビュー作。小さな港町の3日間。様々な人たちが偶然に出会ったりすれ違ったり、繋がっているようで実は少しズレていたり、いろんな人間模様が描かれやがてそれぞれの人生を歩んでいく、そんな物語。
誰かが誰かに恋をしている。恋愛のトラブルはとかくドロドロした話になりがちだが、サッパリ風味のオシャレな映画にしてしまうのはさすがフランスか。あの時代の空気感もあるのだろうが、ノスタルジックな優しさ、温かさが漂っている。
今観てもその映像は斬新だ。特に、キャバレー「エルドラド」でローラが踊りの練習をするシーンのアヌーク・エーメの妖艶さ。そして祭りの日、少女セシルと水兵フランキーが無邪気にはしゃぐ遊園地のスローモーションシーンは、喜びの中にまもなく訪れる別れの切なさが伝わって新鮮に映った。
物語自体はありふれたもので、それほど深みがあるとは思えないが、バラバラだったエピソードが次第に絡み合って繋がり、セシルの初恋が昔のローラに重なっていく。それが巧みに仕組まれたパズルのように、しかも心地よいリズムで組み立てられていく脚本と演出は既に完成の域にあるように思えた。
ミュージカルは苦手なのでジャック・ドゥミはどうも、という人にお勧めの作品。

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投稿者: むさじー

映画選びのモットーは温故知新、共感第一、偏屈御免、です。感情を揺さぶられる、そんな映画との出会いがファン最大の喜びだと思っています。 「My Favorite Movies 1001」を目指します。