『君を想い、バスに乗る』ギリーズ・マッキノン

妻子の思い出を胸に終活の旅へ

君を想い、バスに乗る

《公開年》2021《制作国》イギリス
《あらすじ》スコットランド最北端の村、ジョンオグローツに住むトム・ハーパー(ティモシー・スポール)と妻メアリー(フィリス・ローガン)は、二人だけの穏やかな日々を送っていたが、メアリーが突然病に倒れ亡くなってしまう。悲しみに沈むトムは、生前妻と交わした約束を果たすために、イングランド最南端の町ランズエンドに向かおうと、トランクとバスのフリーパスを持って家を後にした。
目的地までは1350キロ、行き先を聞いた地元運転手の驚きをよそに、トムは悠然とバスに乗り込んだ。ところが走り出した矢先、バスの故障で足止めされてしまい、かつて整備士だったトムの活躍でその危機を脱した。その様子を乗客の青年が「バスの英雄」と称してSNSに動画投稿していた。
バスを乗り継ぐ中、さまざまな人に出会う。これから入隊するという若者に従軍体験を聞かせたり、トランクを盗ろうとした少女にお金を与えたり。そんな中、妻との貧乏だが幸せだった日々を回想する。1952年、二人は辛い思い出を抱えてこの地に来ていた。
トムは車中でうっかり寝過ごして終点の車庫まで行ってしまい、困っているところを通りかかった親切な夫婦に助けられ泊めてもらう。夫婦には役者志望の娘がいて、その親子愛溢れる姿にトムは生まれたばかりの娘と過ごした幸せな時を重ねた。
さらに旅は続く。バスはイングランドに入り、酔っ払った男がイスラム教徒の女性に絡んでいて、見かねたトムが制止し、乗客も応援して追い出した。リバプールでは、歌いながらバス待ちをする若者たちと交流して、トムは『アメイジング・グレイス』を歌った。ロンドンでは乗っていたバスが事故に遭ってしまい、トムは病院で目覚めた。医師から入院を勧められるが、「がんに冒され時間がない」と断り病院から脱出した。
しかし、次のバスに乗車する時、持っているフリーパスがスコットランド専用でイングランドでは使えないことが発覚し、バスから降ろされてしまう。途方に暮れ歩き始めたところをウクライナ人の車に拾われ、その家庭に招かれた。
トムはSNSでバス旅をする老人としてすっかり有名になっていて、それからはバスに乗る際、運賃免除の待遇を受けるようになる。
そしてランズエンドに近づき、向かった墓地には、1歳で亡くなった娘マーガレットの墓があった。持参した額入りの家族写真を墓前に立てかけて涙した。
最後のバスに乗ってランズエンドに到着する。バスを降りると、トムの到着を待っていた大勢の人に拍手で迎えられた。SNSで「バスの英雄」として動向が伝えられていたためだが、トムには何の騒ぎか理解が及ばず、人々をかき分けて防波堤へと歩いた。そこは二人の思い出の場所、トランクから箱を取り出すと、収められていたメアリーの遺灰を海に撒いた。トムの脳裏には、若き日のメアリーに寄り添いバス旅をする彼の姿があった。



《感想》映画の半ばまで、末期がんで妻を失った男の“弔いの旅”だと思っていたが、実は彼自身が末期がんで、急逝した妻との約束を果たすために余命を賭けた“人生最後の旅”だった。
90歳にして病身のトムが続ける過酷なバス旅には悲壮感が漂う。だが本人は意に介さず、若者と交流したり、酔っ払いに絡まれた女性を救ったりと、世慣れした老人を演じ続ける。やがてSNSで「バスで旅する謎の老人」として話題になり、行く先々で善意の輪が広がって、人々の親切に支えられていくのだが‥‥。
目的地に着くと、老人を拍手で出迎える多くの人々。今までの親切やこの騒ぎの意味が理解できずに無視して目的を果たそうとする老人。出迎えた人々も老人の思惑までは理解していない。このシーンがとても鮮烈に映った。
作り手としては、SNSの功罪を声高に問うつもりはなく、いわば性善説に則ったハートウォーミングな物語として描きたかったものと思うが、互いの距離感、漂う空虚さはいかんとも否定し難い。“時の人”として祭り上げられるほどに老人の孤独が浮き彫りになって、一方SNSで繋がることの希薄さが露わになってくる。
映画自体は、出会った人々との交流のエピソードを、深追いせずに淡々と描いたロードムービーの定石といえる展開で、やや淡白には思えるが心温まる人情ドラマになっている。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

映画選びのモットーは温故知新、共感第一、偏屈御免、です。感情を揺さぶられる、そんな映画との出会いがファン最大の喜びだと思っています。 「My Favorite Movies 1001」を目指します。