『台北暮色』ホアン・シー

家族という迷路から光明を求めて

ジョニーは行方不明/台北暮色

《公開年》2017《制作国》台湾
《あらすじ》台北で暮らす中年男のフォン(クー・ユールン)は乗っていた車がエンストしてしまう。彼は便利屋として様々な仕事をしながら一人で車中生活をしていた。
一方、同じ街に暮らす少年リー(ホアン・ユエン)は地下鉄で、同じ集合住宅に暮らす女性シュー(リマ・ジタン)を見つけて声をかける。シューは箱を持っていて、「中身は鳥か?」というリーの問いを否定した。シューはヨガ講師やゲストハウスの受付係をしていて、小鳥好きで実は箱の中身はインコだった。リーは自閉症で母メイユンと二人暮らし、物忘れが激しく母から行動を指示するメモが渡され、母が切り抜いた新聞記事を音読している。
近くにはメイユンの実家があり、フォンは仕事でリーの家の手伝いに訪れる。シューは飼っているインコに逃げられ、リーの家からハシゴを借りた。また、フォンは集合住宅の修理でシューの力を借りて、三人が接触していく。
ある日、フォンは安く手に入れた便器を懇意にしている恩師宅に届けた。恩師には息子ハオの家族が同居していて、父親が強権的なため折り合いが悪い。
シューには腐れ縁の彼氏ワンがいて、彼女の部屋を訪れる。昔のように援助したいというワンに、「お金のために他の女と結婚したくせに」と反発して喧嘩になりシューは家を飛び出した。たまたま見つけたフォンの車に乗り込み、フォンは驚きながらも車を走らせた。
二人はコンビニの前で飲みながら身の上話をした。シューには香港に7歳の娘がいて、電話で話しても当たり障りのないことしか聞けないと言う。フォンは両親が10歳の時に離婚し、どちらかを選ばざるを得ず母親を選んだものの、高校以来実家に帰っていないと言う。フォンは「距離が近すぎると衝突する。愛し方を忘れる。だから大丈夫だ」とシューを励ました。話し終えた二人は急に高速道路沿いの道を競うように走りだし、疲れて道端に座り込み笑い合った。
今日も高架下の道に寄って帰宅したリーを「あの道には二度と行くな」と母が咎めた。リーは「兄はいなくても道はある」と言い返して、一人涙を流した(背景は語られない)。
シューの携帯電話には以前から「ジョニーを出して」という間違い電話が多くかかってくる。間違いだと伝えても収まらず、電話番号を変えさせすれば済むのだが彼女は変えようとしない。
シューとフォンの乗った車が1車線の道でエンストする。後続の車にせかされ必死で車を動かそうとするがままならず、するとしばらくして走り出した。
リーは音読した新聞記事の録音を聞いている。それは小学生の頃8回も引っ越しをした少年の話。少しずつ遠ざかる家はバケツリレーのようで、手渡されるうち中の水は半分以上こぼれてしまう、という。



《感想》車中生活をする便利屋の中年男フォン、小鳥を愛し一人暮らしをする女性シュー、母親の庇護のもとに暮らす自閉症の少年リー。三人とも家族絡みの傷を抱えていて、その日常や過去を描きながら、次第に彼らの孤独や生き辛さが浮き彫りになっていく。
当初のタイトルは原題の邦訳『ジョニーは行方不明』だったが、シューの携帯電話には、ジョニーという男あての間違い電話が度々かかってくる。だが迷惑に思いながらも無下にできない、これは人の世の縁か、それとも少しでも他人と繋がっていたい都会の孤独か。
その一方でシューは、飼っていたインコが逃げたように、腐れ縁の強権的な彼氏から逃れようと模索する。行方不明になった自分探しをしているかのようだ。
フォンにしても過去を振り切るために都会に出てきたのだろうし、リーは母親の束縛から抜け出したいと願っているはず。本作には説明抜きの強引さがあって分かりにくいが、誰もが現状を抜け出す光明を求めていることは分かる。
それを声高に叫ぶことなく、彼らの日常と台北の街並みをスケッチするように淡々と描いていく。複雑に入り組んだ高架鉄道と無数の車が行きかう高速道路は先の見えない人生の縮図のようだが、描く世界には温かい視線があって、人の息遣いまでリアルに聞こえてくる。
難を言えば、群像劇とはいえ登場人物が多すぎて関係性が掴みにくいことと、恩師家族の揉め事に深入りしすぎて焦点がボケたことか。素晴らしいのは、思いを込めた鮮烈なショットと薄暮の映像美、そしてワイルド系ヒロイン、リマ・ジタンの魅力だ。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、偏屈御免。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!