誰もが届かぬ想いを抱いて
《公開年》1990《制作国》香港
《あらすじ》1960年の香港。サッカー競技場で売り子をしているスー・リーチェン(マギー・チャン)は、ある日遊び人風の客ヨディ(レスリー・チャン)に交際を迫られる。スーは、一度は申し出を断るが何度か言い寄られるうち、ヨディの不思議な魅力に惹かれて交際に発展した。しかし結婚を望むようになったスーをヨディは避けるようになり、二人は破局を迎えた。
ヨディは実母とは生き別れ、ナイトクラブを経営する養母(レベッカ・バン)と暮らしているが、彼女が部屋に連れ込んだ男を叩き出し、男から取り返した養母のイヤリングの片方を、居合わせたクラブダンサーのミミ(カリーナ・ラウ)にあげてしまう。ミミはヨディの魅力に惹かれ一夜を共にした。
そんな二人の関係を覗き見たヨディの親友サブ(ジャッキーチュン)は密かにミミに想いを寄せていく。ある雨の夜、未練の心を抱えながら荷物を取りに来たというスーが訪れ、ミミと部屋で鉢合わせをして傷心のまま去った。
放心状態で夜の街を彷徨っていたスーは、巡回中の若い警官タイド(アンディ・ラウ)に話しかけられ、ヨディとのいきさつを語り慰められた。次第に恋心を抱き始めたタイドは「話し相手が欲しかったらこの公衆電話にかけてくれ」と言って毎日同時刻に電話ボックスの前で待ったが、電話がかかってくることはなかった。程なくタイドは警官を辞めて船乗りになった。
ある日、ヨディは養母から恋人とアメリカに行くと告げられる。「俺もアンタを束縛する」と言うヨディに養母は「あなたを守りたかったから」と秘密にした理由と、実母がフィリピンにいることを明かし、実母からの手紙を見せた。実母が住むフィリピンに行くと決めたヨディは、スーやミミに告げぬまま、サブに自分の車をあげて香港を離れた。
ミミはヨディが居なくなったことを知り、香港中を探すが見つからず、サブからヨディの事情を聞いて慰められた。悲しむミミのため、サブはヨディからもらった車を売って金を作り、「その金でフィリピンに行け。会えなかったら俺の所へ」とミミに手渡した。
一方、ヨディはようやく実母の家にたどり着くが、望まれて生まれた子ではなかったヨディは会うことを許されなかった。ヨディは荒れてフィリピンの街で酒に酔い、偶然船乗りとして寄港していたタイドに助けられた。
ヨディは闇ルートで偽造パスポートを作ってアメリカに渡ろうとするが、相手のギャングを刺してしまい、タイドを巻き込んで列車に飛び乗って逃げた。しかし、車内でヨディは追っ手の銃弾に倒れ、タイドに語りかけながら息を引き取った。その頃、ミミはフィリピンに来てヨディ探しを始め、スーはタイドが言っていた公衆電話に電話してみるが応答はなかった。
そして九龍城の一室ではギャンブラー(トニー・レオン)が身支度を整えていた。
《感想》「今夜、夢で会おう」「君といた1分を忘れない」こんな気障なセリフで純な売り子スーを口説き落とし、経験豊富な踊り子ミミも惹きつける遊び人風のヨディは、母の愛を知らずに育ち、真に人を愛することを知らなかった。捨てられても諦めきれない女たちは執拗に付きまとうが、そんな女心を知りながら、彼女らに想いを寄せる男たちがいた。
スーを想う警官タイドは「話し相手が欲しかったらこの公衆電話にかけてくれ」と毎日電話ボックスの前で待ち、ミミを想うヨディの友人サブは譲り受けた車を売って「その金で彼の元に行け。会えなかったら俺の所へ」と手渡した。
ヨディとて、養母を愛してはいるが実母への未練が断ち切れず両者の間で揺れていて、実母を探す旅に出る。誰もが届かない思いと孤独を抱えて、分かり合えないまますれ違っていく。
女心を惹きつけるヨディの魅力が分からない訳ではないが、より共感してしまうのは一歩引いた男たちの思いやりだった。格好いいのか悪いのか、煮え切らないのかダンディズムなのか分からないが、気持ちは分かる。もっと方法はあるだろうに、この不器用さが愛おしい。どこまでも女は一途で、男は純情なのだ。
高温多湿で外は雨、じっとりとした汗でシャツは肌に張り付き、息詰まりそうな閉塞感の中で刹那的な想いが交錯する物語。そこに、少し場違いのようなラテン音楽が流れ、切ない雰囲気を一層加速させる。映像と音楽のカーウァイ流取り合わせの妙かと思う。
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