『声もなく』ホン・ウィジョン

愚かな狼と賢いウサギの寓話

声もなく

《公開年》2020《制作国》韓国
《あらすじ》口のきけない青年テイン(ユ・アイン)と足の不自由な相棒のチャンボク(ユ・ジェミョン)は移動トラックによる鶏卵販売をしているが、それだけでは生活できず、犯罪組織の下請けで死体処理の裏稼業をしていた。
ある日、犯罪組織のボス、ヨンソクから人を1日預かってくれとの命令を受け、迎えに行くとそこにはウサギの面を被った11歳の少女チョヒ(ムン・スンア)がいた。身代金目的で誘拐されたが、女児であるがゆえに父親が身代金を渋っていると聞かされ、チャンボクに押し切られたテインは自転車の後ろにチョヒを乗せて家に連れてくる。その粗末な小屋には、まだ幼い妹のムンジュが一緒に暮らしていた。
ところが翌日“作業場”に行くと、ヨンソクが組織の捕われの身になっていて、独断でした誘拐を責められ始末されてしまった。誘拐の後始末を引き継ぐ者がなく、少女を預かった二人は途方に暮れる。
そこで表向き保育業者の男に相談すると、厄介な少女を引き受けるだけでも金がかかる、それより身代金を奪う方向でいこうということになり、少女に親宛ての手紙を書かせた。二人は図らずも犯罪に加担することになる。少女の悲しげな写真を添えて送った。
身代金の受け取りはチャンボクが担うことになり、青い帽子の男が残したバッグを持って逃げるが、階段で転倒し気を失ってしまう。うまくいったら連絡が入る、連絡がなかったら裏稼業で人身売買をしている養鶏場に連れていく手はずになっていたので、連絡がないままテインはチョヒを連れて養鶏場に向かった。
チョヒを置いて帰ろうとする別れ際、信頼を寄せていたテインの裏切りに恨みの眼差しを向けたが、それを振り切ってテインは帰宅した。だがやはり気になり子供搬送バスを追いかけ、バスを奪ってチョヒを連れ去った。
再び粗末な小屋での三人の暮らしに戻るが、鍵をかけずにテインが出かけた時、かくれんぼをしている間にチョヒが逃げた。原野のような草深い場所をさまよい、逃亡に気づいたテインも追いかけて、けがをしたチョヒをテインは背負って帰った。しかし、チョヒの行方を婦人警官が追っていたため、小屋を突き止めた婦警とテインが格闘になり、婦警が気絶してしまう。死んだと思ったテインは納屋に穴を掘って埋めた。
チャンボクは死んでいて、犯罪に加担した男たちはテインの行方を捜していた。もはや行き詰まりを感じていたテインはチョヒを学校に送り届けることにする。それと行き違いにテインを追う男たちは家に着いて、生き埋めになった婦警を見つけて助け出した。
その後、学校にチョヒを送り届けたテインは、教師の「あの人は誰?」の問いに答えたチョヒによって誘拐犯と知られ、必死に逃げるのだった。



《感想》愚かな狼(青年)と賢いウサギ(少女)が、「奪う、与える」という力関係と、「信頼、裏切り」「愛情、憎しみ」という感情の変化で織りなす寓話のように思えた。
1)ウサギは狼を手下にするワル集団に誘拐され死の危機に直面するが、誘拐がとん挫して狼の家に匿われた。
2)狼には幼い妹がいて世話をするうち疑似家族のような信頼関係が芽生える。
3)狼たちは別のワル集団と組んで身代金要求をすることになり、ウサギもそれに協力した。
4)身代金受け取りに失敗し、ウサギは身売りされそうになる。ウサギを置いて狼は去り、信頼を裏切られたウサギは落胆するが、憐憫の情から思い直した狼はウサギを取り戻しに行った。
5)狼はウサギを信頼し鍵をかけずに出かけたが、ウサギはこの疑似家族的関係に永遠の幸福はないと気づき始めていて、すきを見て逃げた。狼はウサギの危機を察して探し出し救出した。
6)狼はウサギの身の上を考えると親元に返すのが最善と思い、送り届けることにする。狼は自分を信頼してくれるウサギとの別れに未練があったが、手を振り切ったウサギはその信頼も愛情も冷たく拒んだ。
ピュアだが愚かな狼が自らの罪に目覚めて贖罪を乞おうとした時、ウサギは自分が保護なしでは生きられない存在だということを自覚し、誰の保護下が最も安全かを選んで生きようとした。弱者の処世術であり、人の感情は移ろいやすく関係性はもろいもの、と教えられる。
後味は悪いが、変に美化しないところがいい。殺伐とした世界になりがちなテーマだが、独特のユーモアと緩さでバランスをとっているところが凄い。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があり、そこに喜びがあります。鑑賞はWOWOWとU-NEXTが中心です。高齢者よ来たれ、映画の世界へ!