『浮き雲』アキ・カウリスマキ

独特の世界観で描く慎ましき幸福論

浮き雲

《公開年》1996《制作国》フィンランド
《あらすじ》フィンランドのヘルシンキ。かつての名門レストラン「ドゥブロヴニク」で給仕長を務めるイロナ(カティ・オウティネン)と、市電の運転手ラウリ(カリ・ヴァーナネン)の夫婦は、慎ましくも幸せに暮らしていた。しかし不況の影響でラウリはリストラの憂き目に遭い、妻にも言えないまま退職を迎え、酒の力を借りてようやく告白できたものの、次の再就職もままならず、酒を飲んでいるだけの日々になってしまう。
一方「ドゥブロヴニク」も大手チェーン店に買収され、オーナーのスヨホルム夫人(エリナ・ロサ)から、新しい店ではチェーン独自のスタッフを雇うと聞かされ、イロナも職探しの日々を迎える。
二人して職業安定所通いとなり、ラウリには長距離観光バスの運転手という新しい仕事が見つかるが、乗車前の健康診断で片耳に異常が見つかり、職どころか運転免許まで取り消され、彼はショックのあまり卒倒してしまった。
一方、イロナは場末の安食堂のコック兼給仕の仕事に就くが、いい加減な悪徳オーナーと税務調査のゴタゴタで、給与支払いがうやむやになってしまう。怒ったラウリがオーナーのところに給与請求に行くが、逆に袋叩きにされ港に放り出された。
安宿でしばらく静養したラウリが帰宅すると、家財は差し押さえられていて、イロナはラウリの妹のもとに身を寄せていた。二人はイロナの元同僚メラルティンの提案で、もう一度レストランに挑戦してみることにする。夫婦は決意して事業計画を立てるが、資金を貸してくれる銀行がない。ラウリは車を売った金で資金を作ろうと、カジノに賭けるが全財産をスってしまった。
途方に暮れるイロナだったが、求職に訪れた美容院で偶然、スヨホルム夫人に再会する。引退して生きがいを失っていた夫人は、イロナの計画を聞いて資金援助を申し出た。
やがて「ドゥブロヴニク」の元従業員たちが集められ、イロナとラウリのレストラン「ワーク」が誕生した。いよいよ開店の日。ランチタイムになっても客が入らず不安になるが、しばらくすると一人入り二人と入り、やがて満席になった上、ディナーの団体予約まで入る。ようやく希望を見いだしたイリナとラウリは店先で寄り添い、幸せそうに浮き雲を見上げた。



《感想》市電の運転手とレストランの給仕長という慎ましやかな中年夫婦が、折からの不況でリストラに遭い、職探しに奔走する。その受難と苦悩が淡々と描かれるのだが、そこに陰気さや重苦しさはなく、全編ユーモアに溢れ、時にシュールなネタも取り入れ、雰囲気はほのぼのとしている。
そして、厚い信頼で結ばれたこの夫婦は、感情を押し殺したかのように無表情を通していて、当初はそれが奇異に感じられた。しかし、彼らが求めているのはフツーの充足、支えているのは仕事する喜びと誇り、高望みはせず真面目に働いて生活できればいい、そんな無欲さがベースにあると思えて納得できた。
金に困っても「何とかなるさ」と汲汲とせず、失業給付は受けないという矜持を捨てず、何ともストイックで自然に任せた生き方。感情を抑制して平静を保つことも、二人がそんな生き方を貫くための処世術の一つなのかも知れない。奢らず絶望せず黙々と生きる、一本筋の通った人生観、幸福論という気がする。
やがて、地獄の淵をさまよった二人に幸運が訪れ、やや出来過ぎだが期待通りのエンディングを迎える。定石とは分かっていても、ただひたすら前向きに生きる二人への共感からホッとした気持ちになる。少しノスタルジックで、感動というより静かな幸福感に満ちている、そんな印象だった。
そして、計算し尽された画面構成と色調には独特の世界観が見え、音楽は寡黙な二人の心情を代弁するかのように哀愁に満ちている。味わいがあって、しかも深い。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

映画選びのモットーは温故知新、共感第一、偏屈御免、です。感情を揺さぶられる、そんな映画との出会いがファン最大の喜びだと思っています。 「My Favorite Movies 1001」を目指します。