ネット世論に翻弄された悲喜劇
《公開年》2021《制作国》イラン、フランス
《あらすじ》イランの都市シラーズ。刑務所に収監されているラヒム(アミル・ジャディディ)は2日間の休暇外出が許された。彼は元看板職人だが共に事業を立ち上げた友人に金を持ち逃げされ、離婚した元妻の兄バーラム(モーセン・タナバンデ)から1億5千万トマン借金したものの返済できず、告発され投獄されていた。借金を完済できれば出所できるのだがままならない。
ラヒムにはファルコンデ(サハル・ゴルデュースト)という婚約者がいて、彼女から金貨の入ったカバンを拾ったのでそれを借金返済に充てたらと告げられる。その気になって持ち込んだ貴金属店の査定は7千万トマンで、一旦カバンを持ち帰り、バーラムに借金の半額を返済したいと申し出るが、全額一括でなければと拒絶される。思案するうち姉のマリに見つかり、盗みを疑うマリに真相を話して、落とし主に返そうと決めた。
翌日、銀行に行って落とし主を探す張り紙をして、連絡先は刑務所にした。すると刑務所に戻ったラヒムの元に電話が入り、カバンや中身の特徴を聞いて落とし主本人と確信したラヒムは、姉のマリに連絡して返すよう依頼した。訪れた女性は貧しく、夫に内緒で貯めた金貨だと言う。
ところが、刑務所を連絡先としたことから所内に知れ、署長はこの美談を喜んで、最近起きた所内の自殺騒動を収められると目論んだ。詳細を聞かれたラヒムは、拾ったのが婚約者であるにも関わらず拾得者本人にされ、マスコミに取り上げられ一躍有名人になってしまう。「正直者の囚人」と英雄視されてしまった。
ラヒムの窮状を知ったチャリティ協会は、彼の借金返済を手伝うためにイベントを開き集まった寄付金は4千万トマン弱。バーラムへの交渉は当初断られるが、寄付者の気持ちを汲むよう説得されてバーラムも納得し、残額はラヒムが出所後に働いて返すことになる。ところが、ラヒムが紹介された就職先である審議会を訪れると、SNSに流れる「作り話では?」という噂を気にした人事部長から金貨を返した「証拠」を求められ、今度は落とし主を探すことになる。
女性を乗せたタクシー運転手、貴金属店を訪れ、防犯カメラに映った女性の画像を手に入れるが、それ以上の進展はなかった。困ったラヒムは仕方なく婚約者のファルコンデを落とし主の役に仕立てて人事部長に会わせるが、嘘は見破られ益々窮地に追い込まれる。
悪い噂の元はバーラムと思い込んだラヒムは彼の元を訪れ、言い合いの末に取っ組み合いの大喧嘩になり、その動画がチャリティ協会に送信された。怒った協会は、寄付金を返上して他の死刑免除を求める家族に譲渡するよう求めてきて、ファルコンデは「ラヒムが寄付金を譲った」と公表するように頼んだ。
再び美談の主に戻ったラヒムの元に喜んだ刑務所の幹部が訪れ、吃音者の息子が世論に訴える動画を撮るが、息子をさらし者にしたくないラヒムはその動画を消させた。翌朝、婚約者と息子に見送られて、ラヒムは刑務所に戻った。
《感想》拾得物にまつわる主人公の些細な嘘が「善行」に仕立てられ、SNSで英雄に祭り上げられてしまう。そして寄付金やら再就職の話が舞い込んだものの、再びSNSに「作り話?」の噂が流れて地獄に落とされる。誰しもネット世論を無視できず、刑務所長も人事部長も金持ちも振り回され、結局主人公が選んだ道は‥‥。それにしても、お国柄の違いとはいえ、借金だけで投獄されて返せば出られる、加えて休暇外出ありの司法制度には驚いた。
主人公は持ち上げられたり落とされたりと悲惨なもので、取り巻きの人それぞれの思惑が絡んで二転三転するが、映画は軽妙かつドライに展開する。SNSによって世論が変わっていく恐ろしさ。その世論には逆らえず、わが組織、わが立場を守るために身を翻す人たちの滑稽さが生々しく描かれる。
緻密な構成の脚本と的確な人物造形で、人間をしっかりと見つめた作品になっているし、権力側の人物が右往左往する様には、権力を揶揄する制作者の眼差しが見えたりする。
この主人公にしてもお人好しゆえの脇の甘さから突っ込みどころ満載で、自業自得としか言いようがないのだが、この愚かで滑稽な行動が従来の同監督作品にないペーソスを生み出している。人間の業とか弱さとか、寓話的な味わいを持っているように思えた。
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