年金老人のテレビ受信料を無料に!
《公開年》2020《制作国》イギリス
《あらすじ》1961年。裁判の被告席でケンプトン・バントン(ジム・ブロートベント)は無罪を主張している。容疑はゴヤの名画『ウェリントン公爵』を盗んだというものだった。
その半年前。ケンプトンには妻のドロシー(ヘレン・ミレン)との間に3人の子がいる。長男ケニーは家を出ており、次男ジャッキーは一緒に暮らし、長女のマリアンは18歳の時に自転車事故で亡くなっていた。
ケンプトンの趣味は戯曲を書くこと。しかしもう一つの顔があって「年金老人に無料テレビを」の運動をしていた。当時イギリスでは公共放送を見るには受信料が必要で、彼は支払い拒否で逮捕されたことがある。
そんな折、イギリス政府がゴヤの名画を約14万ポンドの高額で購入するというニュースが入り、「税金でそんなものを買う位なら、年金老人や社会弱者の受信料を無料にすればいい」とケンプトンは怒り、ジャッキーも賛同した。
ケンプトンはクセの強い人物なので、就職してもすぐクビになって長続きせず、ドロシーが家政婦をして生活を支えている。タクシー運転手の職をクビになったケンプトンは、2日間ロンドンに行くことにする。
その時はBBC放送に送り付けた戯曲原稿の感想を聞こうと思っただけなのだが、全く相手にされず外で佇んでいる時、話題の名画を展示するという記事を目にする。その夜、美術館から何者かによってその絵画が盗まれた。
ロンドンから戻ったケンプトンの部屋にはその絵画があり、ニュース報道を聞きながらジャッキーと共に絵を眺め、ドロシーに見つからないようタンスの奥に隠した。ニュースでは金目当ての犯行と報じられたがケンプトンは、絵と引き換えに年金老人らのテレビ視聴を無料にするよう要求書を送った。
しかし、警察にはイタズラの手紙が殺到していて、それらに紛れて一向に注目されることはなかった。そこで絵の裏の輸送タグを送ったところやっと信用され、新聞社から「有料閲覧で収益を渡す」旨の申し出が掲載された。
ところがタンスの奥に隠した絵が、息子ケニーの恋人パメラに見つかり、妻のドロシーにも見つかり、目的は人類のためと言い訳するが、ドロシーからは身勝手さを責められた。ケンプトンは仕方なく美術館に絵を返しにいくが、あえなく逮捕されてしまう。
しかし、絵を盗んだのは実は息子のジャッキーだった。彼はドロシーに「絵を盗めば、階級格差や受信料聖戦、全てが変わると思った」と告白した。
裁判において陪審員は、額縁を盗んだことについては有罪だが、絵の無断借用、金銭的要求については無罪という寛容な判断を示して傍聴席は湧き、判決は懲役3か月だった。
その4年後、ジャッキーは警察に自首するが、お騒がせの父親を証言台に呼ぶことは公共の利益に反するとお咎めなしになった。
時は過ぎ2000年にイギリスBBC放送は75歳以上受信料無料となった。
《感想》反骨精神旺盛でクセの強い老人ケンプトンは、しっかり者の妻ドロシーに支えられ、プータローだが心優しい息子ジャッキーに慕われて暮らしているが、夫婦には娘を事故で亡くした悲しい過去がある。そんな家族のドラマを背景に、ケンプトンは政府に対し、高価な美術品を買うより「貧困や社会的弱者への対応を」との主張を展開していく。
ケンプトンが何とも痛快なジーサンで“ロビンフッド的行動”にワクワクし、ブラックユーモアの毒に魅了され、人情噺を見ているかのようだ。貧困と家族を描いたイギリス映画といえばケン・ローチを思い浮かべるが、彼の救いのないリアリズムとは対極の、ウィットに富んだ軽妙な世界に浸って心地よい時間が過ぎていく。
しかし、ホッコリするヒューマンドラマには違いないのだが、実話ベースのシリアスなメッセージという面から見るとどうしても無理がある。泥棒劇も裁判劇もデフォルメしすぎ、茶化しすぎで浮いてしまって、途中から少し苛立たしさを覚えた。ブラックユーモアの毒は理解するのだが、笑いに走り過ぎているように思えた。
とはいえ老境を生きる夫婦愛にはしみじみとしたものがあるし、ヘレン・ミレンの慈愛に溢れた演技が惹きつける。夫への愛情と苛立ち、亡き娘への思い、老いて知る哀惜がその表情に滲んでいた。味わい深い良作には違いない。
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