『海を飛ぶ夢』アレハンドロ・アメナーバル

愛する人の尊厳死にどう応えるか

海を飛ぶ夢

《公開年》2004《制作国》スペイン、フランス、イタリア
《あらすじ》25歳の夏、海の事故で首の骨を損傷して以来26年間、四肢麻痺で寝たきりのラモン(ハビエル・バルデム)は、尊厳死を求める裁判を起こしていた。そんな彼の元に尊厳死を求める団体のジェネは、片脚の不自由な弁護士フリア(ベレン・ルエダ)を連れてきた。
フリアの問いに、ラモンは自らを尊厳のない生き方と言い、父と兄は尊厳死に反対しているが、義姉のマヌエラ(マベル・リベラ)は彼の意志を尊重したいと言った。
テレビに出演したラモンを見て、「生きていて欲しくて」とシングルマザーのロサ(ロラ・ドゥエニャス)が訪ねてきた。説得しようとするロサをラモンは非難して追い返し、ロサは工場勤めの傍らDJをしているラジオで詫びた。
フリアは無料で弁護を引き受け、住み込みでラモンから情報を集めようとするが、その過程でラモンはフリアに思いを寄せていく。
裁判用のテープを作るために、ラモンは語りたくない過去を語る。船員として世界を旅していたラモンだったが、首の損傷で人生は一変し、恋人だった女性とは、この状態で愛することは出来ないからと別れたことを話した。
マヌエラはラモンが書いた詩の数々をフリアに見せた。フリアはラモンの書いた詩を出版するべき、ラモン自身の声だから裁判にも有利だと勧めた。そんなフリアにラモンは、過去を掘り返すばかりで味方になってくれないとなじった。そのフリアが発作を起こし倒れてしまう。
フリアは脳血管性痴呆で、次に発作を起こしたら脚だけでなく視力を失うかも知れないという不安を抱えていた。失意の彼女にラモンは「地獄に生きる意味を見いだした。詩に手直しをしている」と手紙を送り、それに励まされたフリアはリハビリを始めた。
そんな中、尊厳死を求める訴えは却下され、テレビでは神父が「尊厳死を望むのは家族の愛情が足りないから」とコメントして、家族は怒りと共に、分かり合えない悲しみに沈んだ。その神父はラモンの家まで説得に訪れるが、マヌエラは「あなたはやかましい」と言って追い返した。
やがて車椅子のフリアが訪れる。フリアは自分の病を告げ「いつか植物状態になる前に命を絶つ。本を出版したら一緒に死のう」と約束した。ラモンは裁判で証言するために車椅子を改造した。
ラモンは裁判に出席するが、「訴えは理解できるがそれを助けるのは犯罪」と却下された。フリアの尽力で製本された詩集がラモンの元に届くが、フリアは認知症を発症しラモンの死に協力できないという手紙が添えられていた。
そのためラモンに思いを寄せるロサに彼は「愛する人は死をくれる人」と説得をして、自殺計画をロサの「手伝い」のもと行うことにする。家族に別れを告げてロサの所へ行き、誰にも殺人の罪が及ばないようビデオメッセージを残して、青酸カリを飲み死亡した。後日、ジェネがフリアに会いに行くが、症状が進んだフリアはラモンのことをもう覚えていなかった。



《感想》愛する人の尊厳死という深いテーマに、正面から向き合った映画である。寝たきりの主人公の周囲には愛情豊かな人たちが集まり、その人たちとの心の交流を、群像劇風に温かく描いている。
死を望むラモンに父は悲しみ、兄は怒るが、義姉は本人の気持ちを尊重したいと理解を示し、彼の強い意志と深い洞察力、ユーモアに溢れた“愛されキャラ”は周囲の女性たちを惹きつけていく。
そして、「尊厳死を望むのは家族の愛情が足りないから」と真っ向から反論した神父の出現によって、尊厳死の賛否と愛情の有りようが微妙に絡んでくる。本人の意志を尊重するのが愛か、本人が生きやすいようケアするのが愛か。その結果、病魔と闘う女弁護士は共に死のうと約束し、思いを寄せるシングルマザーは死を「手伝う」ことになる。彼を救うことは彼を死なせることだと。
戸惑いつつも、義姉が神父に放つ一言「誰が正しいのかは分からないが、あなたはやかましい」が多くの人の気持ちを代弁している気がする。
悲しむべき結末だが救いを感じるし、重くて暗いのだが爽やかな余韻を残している。旅立ちのシーンには、言葉を超えた映像の力を感じた。
また、身動きがとれない中、表情で全ての思いを表現するハビエル・バルデムの演技に圧倒された。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。