『かそけきサンカヨウ』今泉力哉 2021

淡く優しく美しく、家族の絆を描く

かそけきサンカヨウ

《あらすじ》高校生の国木田陽(志田彩良)は映画音楽の仕事をしている父・直(井浦新)と二人暮らしで、学校から帰るとすぐに夕飯の準備に取り掛かる。母の佐千代は陽が3歳の頃に家を出ていた。母との最も古い記憶は、赤ん坊の頃に背負われて聞かされた「サンカヨウ」という花のことだった。朝露や雨を吸うと透明になるという。
夕食の後、直から大事な話があると切り出され、再婚したい女性がいるという。通訳と翻訳の仕事をしている美子(菊池亜希子)という女性で夫に先立たれ、幼い娘・ひなたを育てていた。
まもなく子連れ再婚同士の4人での暮らしが始まる。中学以来の仲良しグループ5人は同じ高校に進み、クラブ活動やら塾通いにせわしい中、母子家庭の沙樹(中井友望)は喫茶店でバイトを始め、自然と喫茶店に集まるようになっていた。
仲間の一人、陸(鈴鹿央士)は陽と同じ美術部に所属し、実は心臓を患っていて夏休み中に手術すると聞かされる。陸の父は海外赴任していて、母と祖母の三人暮らしだった。ある日、陸は陽の自宅に招かれ、二人はデートの約束をした。
二人が訪れたのは女性画家の三島佐千代(石田ひかり)の個展だった。陽は佐千代の夫から「サンカヨウ」が描かれた絵ハガキを受け取り、間もなく訪れた佐千代と対面する。佐千代は陽が娘とは気づかない風だった。ショックでギャラリーを飛び出した陽は、陸を置き去りにして一人で帰った。
帰宅した陽は、自室にあった1冊の本をひなたが破ったことに激怒した。それは佐千代の画集だった。泣きはらす陽に直は離婚のいきさつを話した。佐千代は絵を描くことと子育てのジレンマに悩み、次第に夫婦間の諍いになり亀裂が生じてしまったものと。そして、佐千代は娘の存在に気づかなかったのではなく戸惑っただけで、陽が望めばいつでも会えると話した。
まもなくして、陽は佐千代に会い、長年のわだかまりが消えていった。帰宅した陽は美子に「お母さんと呼びたい」と伝え、二人は涙して抱き合った。
陸の手術は無事に成功し学校通いを始めたが、美術部からは遠のいていた。そんな陸を呼び出した陽は、好意を告白するが陸の答は「よく分からない」と言う。陸は沙樹に対しても漠とした感情を持ち始めていて、その沙樹から「大切だから言えないということではないか」と指摘された。
陽は自分の誕生日会にいつもの仲間と一緒に陸を招待した。陸はまだ何をしたいのかも分からなくて、陽との間に距離を作ってしまったと打ち明けた。プレゼントは陽を描いたスケッチだった。陽の部屋にはその絵と共に、陽が描いた美子のスケッチ、佐千代のサンカヨウの絵ハガキが飾られている。



《感想》前半は突然継母と妹が出来たことに戸惑う女子高生の葛藤が描かれ、後半は彼女を取り巻く友人や家族の群像劇になっていく。
今泉作品は『mellow』『his』に続く3作目で、それぞれ優しさに溢れ若者の心情に寄り添った目線が印象に残っているが、本作には大人目線が加わった。若者にきちんと向き合っているのがいい。今まで以上に静かな作風で、会話の間や長回しには優しい演出が見えて、全体に丁寧に作り込まれているという印象を受けた。
しかし、従来の今泉ファンにはやや不評のようでそこが難しいところか。とかく原作持ち文芸映画には小説ファン、映画ファン共に不満が生じやすいものだ。私も、ヒロインが実母に再会してから、わだかまりが解消するまでの成り行きに少し違和感を持ったが、深追いするとテーマの軸がぶれそうで、この辺は2時間枠映画のジレンマかも知れない。
本作は言葉をもって描かれた小説世界を、俳優の表情の機微、醸し出す空気感で雄弁に物語ろうとしている。映像で描かれた世界にはまた別の余白というか感情の機微が生まれるもので、本作にはそこに豊かなものを感じた。何より素晴らしいのが志田彩良で、繊細な中に凛とした存在感と美しさがある。そしてそれを受け止める菊池亜希子の大人の包容力と優しさが輝いて映る。「お母さんって呼んでいい?」のシーンには思わず涙腺が緩んだ。
原作者が「飲み込む」と表現しているが、みんな感情を相手に伝える前に飲み込んでしまっている。物語の底流にずっとこのことが流れていて、でもそれを口に出したとき初めて新たな人間関係を作れる、そんなことを気付かせてくれる映画だった。

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投稿者: むさじー

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