冤罪がもたらした死と苦悩と復讐
《共同監督》ベタシュ・サナイハ《公開年》2020《制作国》イラン他
《あらすじ》イランの刑務所。ミナ(マリヤム・モガッダム)は、夫のハバクが殺人罪で死刑判決を受け刑が執行されるこの日、最後の面会に来ていた。
それから1年、ミナは牛乳工場で働きながら、聴覚障害を持つ7歳の娘ビタを育てていて、工場の収入だけでは十分でなく内職もしていた。ハバクの父である義父はビタの親権を欲していて、ハバクの弟を通じて要求してくるが、折り合いが悪いまま過ぎている。
生活が苦しいミナは福祉事務所に相談し、遺族年金やビタの障碍者手当の申請をしたが、支給までには時間がかかると言われた。ミナはビタには父親の死を伝えておらず、遠いところに行っていると嘘をついている。
ある日裁判所から呼び出しを受け、義弟と共に裁判所に出向いたミナは、ハバクが起こした殺人事件の真犯人が見つかり、実は事件の証人が犯人だったと告げられる。賠償金は出るが受け取るまでには時間を要するという。納得のいかないミナは、判決を下したアミニ判事に会うべく裁判所に足を運ぶが会わせてはもらえない。
そんなある日、レザ(アリレザ・サニファル)と名乗る中年男性が訪ねて来て、ハバクの旧友で彼から借りていた金を返したいと言う。レザは約束通り金を返し、生活苦のミナはそれをありがたく受け取るが、ミナが見知らぬ男を部屋に入れたということが口うるさい大家に伝わり、アパートから追い出されてしまう。
ミナはアミニ判事に謝罪を求める新聞広告を出し、併せて住まい探しをしていたが、そこへレザが現れ、自分が所有する集合住宅に空き部屋があるので住まないかと持ちかけてきた。格安の家賃にミナは引っ越しを決めた。
自宅に帰ったレザは、息子マイサムから明日兵役に行くと告げられる。父子関係がギクシャクしている息子から判事を辞めた理由を問われ「彼の妻子を助けたい」と答えた。実はレザこそが死刑判決を言い渡したアミニ判事だった。
ミナの義父はビタの親権を得るためにミナを告訴したが、レザは裁判所にいる友人に頼めば大丈夫とミナを安心させた。ビタもレザに懐いて、新しい家族のように打ち解けていった。
ある夜、レザは兵役に就いたはずの息子マイサムが麻薬の過剰摂取で死亡したという知らせを受ける。レザは倒れて動けなくなり、電話を受けたミナが病院に連れて行くが、目を離せない状況から自分の部屋に連れてきて懸命に看病をした。次第にレザとミナの気持ちは通じ合うようになっていた。
やがてビタの親権を巡る裁判が行われ、ミナは勝訴し安堵した。しかし義弟から電話が入り、レザの正体はアミニ判事だと告げられ深い衝撃を受ける。
帰宅したミナはビタを知人宅に預け、レザを食卓に招いた。ミナはレザに温めたミルクを強く勧め、奇妙に感じながら飲んだレザは突然嘔吐し倒れて動かなくなった。ミナは用意していたボストンバッグを持って部屋を出て行くが、振り返るとレザは椅子に黙って座っていた。夜のバス停でミナとビタはバスが来るのを待っている。
《感想》刑務所の広場の真ん中に白い牛が立っていて、周りには受刑者らしき人影、という象徴的なシーンで始まり、徐々にその意味するところが見えてくる。イスラム教の祭礼で牛は「いけにえ」として捧げられているという。
冤罪で死刑に追いやった判事は「判事全員が同意見ならそれは神のご意思」と慰められるが、宗教と法律が密接な関係を持って支配する国イランでは、神が過ちを犯さないように国家の過ちも認め難いのだろう。ミナの夫は「いけにえ」のような死を迎え、アミニ判事は深い挫折に苦悩する。
判事の息子マイサムが父に強く反発しているように、以前の判事は「神のような絶対的な正義の人」だったに違いない。彼の糾弾はミナの代弁と思える。
それに比べると、素性を知らず「神のように親切な友人」として接してきたミナの気持ちは揺れ動く。それを象徴的に示すのが赤い口紅をひくシーンだ。最初は心を許す男性の元を訪れるとき、そしてラストは復讐を決意したとき。
幻想交じりのラストシーンは、果たして殺さずに許したのか、殺して逃げたのか、解釈が分かれるところだ。「殺したいけど殺せない。それでも許せないから別れを告げた」と私は解した。
国家の罪を問う重く地味な映画だが、ラストにはメロドラマの切ない余韻が漂っていた。
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