『ベロニカ・フォスのあこがれ』R・W・ファスビンダー

スター女優の悲劇と戦後の闇

ベロニカ・フォスのあこがれ

《公開年》1982《制作国》西ドイツ
《あらすじ》1955年のミュンヘン。スポーツ記者のロベルト(ヒルマール・ターテ)は、若くはないが妖しい雰囲気の女性に出会う。往年のスター女優、ベロニカ・フォス(ローゼル・ツェッヒ)で、彼女はかつてナチス政権下のドイツで成功を収めたが、敗戦後は落ちぶれた女優人生を送っていた。
ロベルトはベロニカのふりまく謎の匂いに魅せられて彼女を探し始め、一方のベロニカもロベルトに接近してくる。ベロニカの古い住所には老夫婦が暮らしていて、隣の女医カッツ宅でも手がかりが得られず、アパートに戻るとベロニカが待っていた。
ロベルトは誘われるままにベロニカの別荘を訪れて、やがて情事の後まどろんでいたベロニカが突然の発作を起こし、彼女の希望で主治医の所に向かうとそこはカッツ医師の家だった。過去の華やかな生活と、現在の落ちぶれた生活との狭間をさ迷うベロニカは、薬でしか心の平穏を取り戻せないのだと、カッツは説明した。
カッツの言葉に釈然としないものを感じながらロベルトはその場を去るが、やがてベロニカの別荘がカッツの所有になっていることを不審に思い、カッツがベロニカを薬漬けにして財産を奪おうとしていることを知る。
この犯罪を暴きベロニカを救おうと、ロベルトは恋人ヘンリエッタを、患者を装って医院に送り込むが、モルヒネの証拠を握った途端、彼女は何者かに殺されてしまう。
その後ベロニカは監禁され、やがて睡眠薬の過剰摂取で亡くなるが、事件としては取り扱われなかった。ロベルトは真実を知りながら為す術がなく、抗いようのない時代の流れを思いながら、同時に深い諦観に襲われ、もはや犯罪を暴く気力を失っていた。



《感想》ナチス政権下で脚光を浴びたスター女優は、戦後は一転して落ちぶれてしまうが、それでも現実が認められずにいた。時代の大きなうねりの中で取り残されてしまった者の悲劇、欲に走る人間の業や罪、深い諦観と共に戦後西ドイツの闇が描かれる。
また、ナチスの収容所から帰還したユダヤ人老夫婦が麻薬中毒の末に自殺するあたりには、「戦後ドイツ史三部作」の締めとして国家の罪と、ドイツ人として彼自身のユダヤ人に対する贖罪の意識が感じられる。
それらを客観的に淡々と描く演出はカット送りが早く、省略は大胆だ。ヒロインの死は新聞記事一つで、それは共感を拒否するかのようである。
そして、光と影のコントラスト、凝ったモノクロ映像、奇妙に明るいBGM ,メロドラマの感触と共に人間不信とペシミズムが全編に漂っている。
ビリー・ワイルダー『サンセット大通り』の大いなる影響は指摘されるところ。映画界の内幕もので、過去のスター女優の悲劇が描かれるのは共通だが、『サンセット大通り』には過去の映画界へのオマージュ、監督や俳優への限りない敬意が感じられ、サスペンスの妙味も加わって、人間洞察は鋭いのだがどこか温かいものがある。
本作は、戦後を抜け殻のように生きた女優の狂気を描いてはいるのだが、視線の先にあるのは国家の罪と人の罪。ニュー・ジャーマン・シネマの旗手と評されるが、仏ヌーヴェルバーグに通じる感情を排したような乾いた冷たさが感じられた。両作品の大きな違いはこの温度差なのかと思えてくる。

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投稿者: むさじー

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