『預言者』ジャック・オーディアール

アラブ系マフィアの成り上がり物語

預言者

《公開年》2009《制作国》フランス
《あらすじ》傷害罪で6年の刑を宣告されたアラブ系青年のマリク(タハール・ラヒム)は中央刑務所に送られてくる。そこは人種間の対立が激しく、互いに牽制し合いながらも、最大勢力のコルシカ・マフィアが支配していた。
所内で孤立しているマリクは、コルシカ系を仕切るセザール(ニエル・アレストリュプ)に目を付けられ、彼らの仲間を売ったアラブ系の男レイェヴを殺すよう脅迫される。逡巡しながらもマリクは、生き延びるために仕方なく初めて人を殺した。その後、レイェヴはマリクの前に幻として現れ、預言めいた言葉を語るようになる。
これをきっかけにマリクはセザールの子分となり、読み書きをはじめ生き残るための術を学んでいく。
しばらくして、コルシカ系の囚人の多くがコルシカ島に送られ、残されたコルシカ系はごくわずかになった。そこでセザールは、マリクを身近に置き刑務所内の情報収集を命じた。更にマリクがコルシカ語を話せることから、外部との連絡係として利用するようになる。
模範囚となり、セザールの手引きで外出許可を得たマリクは、セザールから受けた仕事をこなし、外出の度に高額の報酬を得た。更にマリクは刑務所仲間が隠した大量の大麻を入手し、先に出所していた親友のリヤド(アデル・バンシェリフ)にさばかせて、違法薬物の取引の世界で力をつけていった。
セザールの任務と自らの麻薬ビジネスをこなしているマリクだが、やがてセザール一派の勢力争いに巻き込まれることになる。いつまでも自分を支配しょうとするセザールが邪魔になっていたマリクは、セザールから命じられたコルシカ系組織のボスの暗殺を逆に利用してセザールを陥れようとする。
尾行してボスに近づくが、ボスを殺さずに「暗殺を指示したセザールに復讐しろ」と告げてボスを逃がした。その夜のマリクはリヤドの家族と共に過ごし、刑務所に遅れて戻ったために懲罰房に40日間入れられ、その間にガンを患っていたリヤドが亡くなってしまう。
暗殺未遂事件により、セザールは刑務所内の部下たちを殺され、力を完全に失っていく。一方のマリクは刑務所内のアラブ系を味方に付けて、マリクの力はセザールが手出しできない程大きくなり、立場は逆転していった。
やがて刑期を終え出所の日、マリクを出迎えたのは、彼の「組織」のメンバーたちと、リヤドの妻と息子だった。バスで来たという二人と一緒にマリクは歩いてバス停に向かい、その後ろに部下たちの車が付き従った。



《感想》服役したアラブ系の若者が、刑務所内で辛酸をなめつつも、そのドライな処世術と適応能力の高さ、勤勉さで成り上がり、新しいマフィアのファミリーを興すという裏社会のサクセスストーリー。
と思えたが、タイトルからしてそれだけではなさそう。イスラム教には疎いので「ガブリエルとムハンマドの逸話」を調べてみた。天使ガブリエルを通して神アッラーの言葉を預かった預言者がムハンマドで、神が啓示した真理(イスラム教)を布教した人物、とある。
主人公マリクは、刑務所内で生き延びるために、コルシカ系ボスの命令に従って同胞アラブ系のレイェヴを殺害し、それ以降レイェヴの幻が語る「預言」を聞くことになる。
孤児だったマリクは、コルシカでもアラブでもなく、民族意識や信仰心にも乏しく、自分の身を守り生き抜くことに専心していた。ただこの殺害に当たっては激しく葛藤し、人の命を奪う罪の意識に苛まれている。この時アラブ人としてのアイデンティティが芽生えたのではないか。
彼が生き延びるためにはアイデンティティを押し殺すしかなく、反抗心は隠して従順を装い、狡猾に力を蓄えていった。ラスト、コルシカを欺き自らのアラブ系ファミリーを興したのは単なる成功譚でなく、彼なりのアイデンティティの獲得ではなかったのか。またイスラム教誕生の逸話と、マフィアとしてアラブ世界に台頭する若者を重ねているのではないか、そう思えた。
刑務所ものにアラブ文化が混じるのは珍しい。舞台は刑務所だが、多様な人種、宗教、文化が混在し、複雑な事情を抱えたフランス社会の縮図を思わせ、根底には民族の共存、共生のテーマが隠れている。
暗くて地味で長尺だが、マフィアやムショ話を超えて深い。

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投稿者: むさじー

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