『善き人のためのソナタ』F・H・V・ドナースマルク

国に背き良心に従い生きた

善き人のためのソナタ

《公開年》2006《制作国》ドイツ
《あらすじ》1984年、冷戦時代の東ドイツ。国家保安省のヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)は、反体制派の監視を職務にしている。
ある日、彼は旧友で今は上司のグルビッツ中佐に誘われ、劇作家ドライマン(セバスチャン・コッホ)の舞台に誘われる。グルビッツはドライマンを反体制派と睨んでいて、ヴィースラーに彼の監視を指示した。ヴィースラーは留守を見計らって彼のアパートの部屋に盗聴器を仕掛け、監視を始める。
ドライマンには舞台女優のクリスタ(マルティナ・ゲデック)という恋人がいる。しかし、党の実力者でもあるヘムプフ大臣が彼女に接近し、仕事を餌に性的関係を強要し、彼女も拒み切れないでいた。ヴィースラーは二人が乗った車がドライマンのアパートに着く頃、監視室からドアベルを鳴らして、彼が二人の関係に気付くよう仕向けた。苦悩する二人だった。
ドライマンには有能な演出家であるイェルスカという友人がいたが、反体制的と見なされ芸術活動を禁止されて、苦悩の果てに彼は自殺してしまう。ドライマンは彼から贈られた楽譜『善き人のためのソナタ』をピアノで弾き、盗聴器を通して聴いたヴィースラーは心を奪われ涙ぐんだ。
ある夜、クリスタはヘムプフに会うため出かけようとし、ドライマンと揉めてしまう。ちょうどその時、監視の仕事を終えて酒場に入ったヴィースラーは偶然クリスタに会う。ファンとして声を掛けて励まし、落ち着きを取り戻した彼女はその後ドライマンの元に戻った。
ドライマンはイェルスカの死をきっかけに、反体制運動に身を投じることを決意し、数人の仲間と東ドイツの真実を伝えるための活動を始める。西ドイツの雑誌に匿名で寄稿することにし、極秘に西ドイツ製タイプライターを入手して普段は床下に隠した。この作戦は見事成功し、イェルスカの自殺記事が西側でニュースになった。
一方、監視縮小を求めて一人勤務にになったヴィースラーは、嘘の報告書を書き続け、次第にグルビッツは報告書に不信感を抱くようになった。
クリスタがヘムプフを裏切ったことから薬物不法所持の罪で逮捕される。尋問を受け、ドライマンのアパートが捜索を受けるが確たる証拠は挙がらず、クリスタはヴィースラーの尋問を受けることになる。二人は互いに素知らぬ顔をしたまま、彼はクリスタがタイプライターの隠し場所を自白するよう仕向けた。
そして捜査が入る前に、ヴィースラーはタイプライターを外に持ち出した。しかしそれを知らず捜査中に表に飛び出したクリスタはトラックに轢かれ死んでしまう。ヴィースラーの隠蔽工作はグルビッツに見抜かれ、手紙の検閲作業の職に左遷された。
4年余が過ぎた1989年、ベルリンの壁が崩壊した。その2年後、ドライマンは資料館で自分のファイルを調べ、コード名HGWXX7の人物が、虚偽の報告書で自分たちを守ってくれていたことを知った。
更に2年後、ドライマンの著書『善き人のためのソナタ』を手に取ったヴィースラーは、HGWXX7という自分あての謝辞があることに気付いた。

《感想》独裁国家だった冷戦時代の東ドイツで、監視体制の中枢にいるヴィースラーは、家族も愛する人もなく、ブレヒトを読むことも音楽に涙することもなかった。そんな彼が反体制派と目される劇作家と恋人である女優の行動を監視するうち、次第に眠っていた感情が目覚め、心が揺らいでいく。彼らに見たのは真の愛、抱いたのは嫉妬と羨望、気付いたのは愛し合う人たちを引き裂く監視国家の理不尽さ。
国家に忠実であることに疑念を持ち始めた男は、芸術に生き愛し合う二人を守るため、危険を顧みず良心に従って行動しようとする。守られた劇作家は後にそれを知り、著作で彼への謝意を表した。会うことがなかった二人だが、誰にも知られず繋がっていた。ラストは静かな感動の余韻に浸れる。
また、ヴィースラーとクリスタの酒場での出会い、尋問室での再会のシーンがいい。言葉に出来ずもどかしい男、それでも自分を思っていることだけは分かる女、二人の感情が溢れ気持ちが通い合う名シーンになっている。ヴィースラーにとっては、彼女を救うことが唯一の使命であるかのような切なさ一杯のシーンである。
言葉少なに表情も変えず、気持ちを隠しながら目で表現するウルリッヒ・ミューエの演技が深い。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと愉悦を求めて、偏屈映画ジーサンをやっています。ボケ防止のレビューを書きながら。