『逃げた女』ホン・サンス

飄々と描く人生と男女の深淵

逃げた女

《公開年》2020《制作国》韓国
《あらすじ》ガミ(キム・ミニ)は5年間の結婚生活で一度も離れたことのない夫の出張中に、ソウル郊外で3人の同性の友達に会う。そして行く先々で「愛する人とは何があっても一緒にいるべき」という夫の言葉を繰り返す。
一人目のヨンスン(ソ・ヨンファ)は離婚経験のある面倒見のいい先輩で、年下の女性と同居している。夫との結婚生活が泥沼で辛かった話を聞いた。
すると隣人の男性が訪ねて来て、野良猫に餌を与えないで欲しいと苦情を言い、猫も生き物だからと反論する。
夜には、外で煙草を吸う向かいの娘の姿が防犯カメラに映る。父親に問題があって母親が逃げたという娘の話し相手になる。
隣の鶏は、雄鶏が雌鶏をイジメているらしく、翌朝には鶏小屋を見に行く。
二人目のスヨン(ソン・ソンミ)は気楽な独身生活を謳歌する先輩。ピラティスのインストラクターをしていて、裕福でもある。
スヨンは最近素敵な建築家の男性と出会い、たまたまその人は下の階の住人だったが既婚者で、妻と別居中の一人暮らしだという。
すると若い男が訪ねてくる。男は話がしたいので部屋に入れて欲しいと懇願するが、ストーカー呼ばわりして返してしまう。男は詩人で、酔っぱらって一度だけ寝てしまったと打ち明ける。
三人目のウジン(キム・セビョク)は映画館(ミニシアター)やイベントスペースを仕事場にしている女性で、話があるとガミは呼び出されていた。カフェで会うと、いきなり謝罪の言葉が出て、かつてガミから恋人を奪ったことを詫びた。
その男チョン先生は今や売れっ子の作家で、今日もブックコンサートというイベントで来ているという。
屋外の喫煙所でガミは、昔の恋人チョン先生に偶然再会する。気まずさからか、ぎこちない会話を繰り返し、微妙な雰囲気のままガミはその場を去った。
一旦外に出たものの、思い直して映画館に戻り、とりとめのない海辺の映像を眺めるのだった。

《感想》ヒロインのガミは儲からない花屋を経営し、夫は翻訳家をしていて、「5年間夫とはいつも一緒。彼は離れないことに愛を感じている」と言う。
そんなガミが夫の出張中に、3人の同性の友達を訪ねる。
穏やかで他愛もない会話が延々と続き、今までどこか羨ましく思えた先輩たちも、それぞれ日々の煩わしさや困りごとを抱えているのが見えてくる。
バツイチで面倒見のいい先輩ヨンスンは郊外で隠遁者のような暮らしをしていて、気楽な独身生活を楽しむ先輩スヨンはストーカーのせいで好きな男がいる飲み屋にも行けず、かつて恋敵だった旧友ウジンは未だにガミから恋人を奪った罪の意識を背負っている。みな何かを引きずっていて、それから逃げようとしている。
ガミにしても、口では夫との愛ある暮らしを語りながら、どうも本人は愛情に満たされている風ではなく空虚感が漂っている。パートナーとの関係性が曖昧な時ほど関係の意味を求めたくなるもので、自分を見つめ直すための訪問ではなかったのか、と思う。
最後に再会した元恋人が決定打になる。こんな薄っぺらな男だったのか。
気まずくぎこちない会話をして去りながら、再び映画館に戻って、先ほど見た海辺の映像に浸る。この時、どんな思いが去来したのか、気になった。
多分、初めに見た波には自分の人生に重なる「退屈」を、二度目に見た波にはこれからも続くであろう「平穏」を感じたのではないか。
深そうで謎だらけで、一筋縄ではいかない。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと愉悦を求めて、偏屈映画ジーサンをやっています。ボケ防止のレビューを書きながら。