『姉と過ごした最後の夏』リサ・ラングセット

安楽死に潜む幸福感とは

姉と過ごした最後の夏

《公開年》2017《制作国》イギリス、スウェーデン、ドイツ
《あらすじ》空港に着いたアーティストのイネス(アリシア・ヴィキャンデル)は、姉エミリー(エヴァ・グリーン)に迎えられ、少し贅沢なホテルと食事に招かれた。エミリーは家を売り払ったからと言う。
翌日「完璧な場所」に行くというだけで、行き先を告げずにイネスを乗せた車は、国境を越えて森の奥深くに進んだ。目的地に着くと、マリーナ(シャーロット・ランプリング)たちに迎えられて、屋敷へと案内された。大きな庭があり、住人は静かな暮らしを営んでいる。
支配人らしき男性から「個人の選択の自由を重視し、最期の時を過ごす場所で予定は6日後」と説明され、イネスは愕然とする。エミリーが打ち明けた。「3年前にがんと診断され、全身に転移している。ここから旅立ちたいので看取って欲しい」と。
イネスは病院で治療すべきと説得を試みるが、エミリーの決意は固かった。更に「父が女に走って家庭を捨て、絶望した母が自殺した時も、あなたは忙しさを言い訳にして逃げていた」と、イネスを批判した。
屋敷では時折、鐘の音が聞こえる。死を告げる鐘だという。
イネスは庭で老紳士(チャールズ・ダンス)に出会う。悪性の脳腫瘍を患い、快適な死を迎えるためにここにいると言う。それまで、エミリーの身勝手な申し出に怒り反発していたイネスだったが、老紳士の語る死生観に思いを新たにする。エミリーに「努力してみる」と謝り、彼女は微笑んだ。だがその後も、エミリーのイネスに対する恨みと苛立ちは収まることがなかった。
翌日、屋敷にヘリコプターが降り立ち、ロックバンドの演奏と打ち上げ花火でパーティーが催された。老紳士が自らの送別会と称したもので踊り騒いでいたが、やがて彼は泣き崩れ「よし分かった。もう行くよ」とその場を去った。
同じ頃、車いすの元サッカー選手(マーク・スタンリー)はエミリーに向かって恋心を打ち明け「君と寝たい」と告げた。自らの不能を打ち明ける男と、全身傷だらけの女はベッドを共にし、男は「衝突事故で脚の自由を失い、人生が壊れ、絶望した」と言い、女は「よく言えるわね」と返した。
姉妹の諍いはまだ収まらない。充実した仕事に打ち込む妹に嫉妬する姉と、感情に溺れた姉を理解しようとする妹。帰ろうとするイネスをマリーナは無理に引き留め、なだめた。そしてその日を迎えた。
鐘の音が鳴り、部屋に招かれ、姉妹は別れの言葉を交わし、「自己の自由意志で旅立つことを望むか」と確認された。薬を飲むと少しして睡眠に陥り、やがて呼吸が停止する。その様子をイネスは見届けた。
翌日、帰りのヘリコプターにイネスが乗ると、エミリーと一夜を共にした、あの元サッカー選手が同乗していた。



《感想》「暗くて重い」「救いがない」「安楽死を看取るのは辛い」という感想が並びそうな、日本では劇場未公開の映画。全体的に言葉足らず、という印象を持った。日本と北欧の死生観の違いに思いを巡らせないと、原題Euphoria(幸福感)の意味は伝わらないと思う。
スウェーデンには「死者は森に帰る」という独特の死生観があって、「自然死」を尊ぶところから、終末期の高齢者に医療技術をもって無理な延命治療をすることはむしろ虐待と見なされ、自然な形で看取るという。
北欧人にとって「死」とは、そもそも理不尽で抗いようのないものという意識があって、その根底に「諦観」「達観」が潜んでいるのかと思える。
映画は、正面切って尊厳死、安楽死の是非を問うものでなく、死とどう向き合うかを問い、死を巡る本人や周囲の思いを描いたものだと思う。だから、悟りを開いたかのような老紳士は死を前にうろたえ、絶望していた元サッカー選手は生に希望を見いだし、安楽死を望む姉の意志に従った妹は誠意をもって看取る。繊細過ぎるくらいに描かれるが、その思いが十分に伝わってくるかというと、やや疑問だ。
だが、幸福度世界一で寝たきり老人がいない国、スウェーデンに学ぶことは多い。日本では「長寿は素晴らしいもの」と、寝たきりになっても介護生活を強いるのが一般的だが、本人の苦しみはもとより、家族に負担をかける辛さも大きい。「自然死」の判断は難しいが、終末医療のあり方に再考の余地はありそうに思える。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

映画選びのモットーは温故知新、共感第一、偏屈御免、です。感情を揺さぶられる、そんな映画との出会いがファン最大の喜びだと思っています。 「My Favorite Movies 1001」を目指します。