『83歳のやさしいスパイ』マイテ・アルベルディ

老後の幸せを問うドキュメンタリー

83歳のやさしいスパイ

《公開年》2020《制作国》チリ、アメリカ他
《あらすじ》83歳の男性セルヒオ・チャミーは、A&A探偵事務所の「高齢男性求む」の求人広告を見て、探偵ロムロ・エイトケンの面接を受けた。セルヒオは妻を亡くしたばかりで、新たな生きがいを探しているところだった。
採用されたセルヒオの仕事は、ある老人ホームの潜入調査である。依頼人は、入所している母親が虐待されているのではという疑念を持ち、誰にも気づかれないようにホームでの様子を報告して欲しい、とのことだった。
調査対象の名前はソニア・ペレスという。入所前にスパイ道具のスマホ、ペンカメラ、メガネカメラの特訓を受け、期間3か月で毎日報告という約束で入所した。
施設では女性40名、男性4名が生活している。まず様子を窺おうと挨拶がてらの取材をすると、認知症、妄想癖、おしゃべり、我が身の不幸を嘆く人と様々で、健康状態も、ダンスを楽しむ人から寝たきりの人まで様々である。
家族との疎遠を嘆く入居者には、職員が面会に来ない家族に成りすまして電話をするというサービス(?)までやっている。
礼儀正しくて優しく、加えて「聞く力」を備えているセルヒオは、たちまち人気者になり、恋心を抱く女性まで現れる。
入居から数日が経ち、ロムロからターゲットの近況を知らせよという催促が来て、ソニアに接近して分かったことは、信仰心を持っている、足腰が悪い、おしゃべりは嫌いだということ。疑惑を持たれている虐待の事実は見られなかった。盗難の被害についても、認知症気味の入居者が自分の物と勘違いして集めた末の、悪意なき収集によるものだった。
誰からも好かれるセルヒオは、いつしか悩み多き入居者たちの良き相談相手になっていく。
そしてロムロに調査報告をする。「施設には手厚い介護があり、犯罪などない。入居者はみな孤独を抱えていて、ソニアに必要なのは家族の愛情だ」と。
任務を終えたセルヒオは退所し、家族の元に帰った。

《感想》探偵事務所に雇われた老人が、入居者を装って老人ホームに潜入し、虐待疑惑を調査するというドキュメンタリー映画。
第一印象は「本当にドキュメンタリーなのか?」ということ。ドキュメンタリーにある程度の「仕掛け」は付き物だが、それ以上の「やらせ」がなかったか、少し気になった。そう思う位に、カメラやマイクの前なのに入居者たちの言動が自然体で、まるで役者によるドラマの雰囲気なのだ。
まさか「虐待調査」では施設の撮影許可が下りないだろうから、「老人ホームの生活」を紹介するドキュメンタリーの名目で撮影を進め、腹案の「潜入スパイ」「虐待調査」の設定でドラマ仕立てに編集したのではないかと推測した。出来上がった作品は、ハッピーな場面を多く集めた全体的にホッコリする映画になっていて、施設側の意向に反しないものになっている。
そして何より主人公セルヒオの真摯で優しい人柄が本作の要になっているし、彼のような傾聴ボランティアを施設は求めているものと思う。
ただ、作品全体が「幸福=家族の愛」「孤独=不幸」という図式の上に成り立っているようで気になった。セルヒオのような家族に囲まれた老後は一つの理想だが、孤独がもたらす至福の時というのもあるし、感じ方は人それぞれだ。
それに入居者の表情を見ていると、嘆くばかりでなく、やすらぎと自分なりの幸せを享受しているようで、気持ちの持ちようなのかもと思えてくる。一概に「家族の愛」ばかりではない気がする。
類型的な幸福論から一歩踏み出した幸福のあり方も見せて欲しかったし、4人の男性入居者の姿も見たかった。
とはいえ、多くの人に見て欲しいホノボノ映画であることに違いはない。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと愉悦を求めて、偏屈映画ジーサンをやっています。ボケ防止のレビューを書きながら。