夢や恋、転機を迎えた家族の葛藤
《公開年》2019《制作国》デンマーク
《あらすじ》デンマークの静かで美しい農村。27歳のクリス(イエデ・スナゴー)は、倒れて以来体の不自由な叔父(ぺーダ・ハンセン・テューセン)と共に酪農を営んでいる。クリスの日々の暮らしは、叔父の世話と家事、搾乳や餌やりの仕事、スーパーへの買い出しの繰り返しだった。
クリスが14歳のとき兄が亡くなり、父親が後追い自殺をしたために、残されたクリスを叔父が引き取り育てていた。食事中の二人の脇にはテレビがあり、絶えず世界の深刻なニュースを流しているが、世の騒々しさとは無縁に二人の静かな暮らしは続いている。
農場にはかかりつけの獣医ヨハネス(オーレ・キャスパセン)が出入りし、その影響でクリスはかつて抱いた獣医への夢を思い起こし、教会で知り合った青年マイク(トゥーエ・フリスク・ピーダセン)からのデートの誘いに胸を躍らせる。別の世界に目を向け始めたクリスを叔父はそっと後押しするのだが、クリスは戸惑うばかりだった。
叔父はクリスを自分の犠牲にしたくないと願い、ヨハネスとマイクはクリスの幸せを願って広い世界を見せようとする。だが、12年間二人で過ごした叔父と姪の関係は濃密で、叔父の元に来たリハビリのヘルパーをクリスが断ってしまうし、クリスとマイクのデートに叔父が付いてくる始末だった。
ある日、コペンハーゲンの大学で講義するというヨハネスに誘われ、クリスは同行するが、旅行先で叔父が再び倒れたという知らせを受けて戻ってしまう。
結局、獣医への夢は放棄し、マイクとの恋も破局を迎える。ヨハネスには借りた獣医学書と聴診器をそっと返し、マイクには、気持ちを確かめるかのように突然乱暴な行動に出て、彼を戸惑わせ、恋に終わりを告げた。
退院した叔父との朝食。テレビが壊れて音は流れず、静かな二人だけの日常が戻った。
《感想》実の父娘のように暮らす叔父と姪、その二人に転機が訪れる。27歳の姪は獣医になる夢と恋の予感に胸躍らせるが、病身の叔父の今後が気にかかり、叔父は姪を自分の犠牲にしたくない、自由に生きて欲しいと願う。
そして、互いの幸せを願うほど身動きがとれなくなって、共依存のような関係から抜け出せない。
また姪のクリスは、過去のトラウマから情緒不安定で、対人関係が不器用でぎこちない。だから、夢の実現に協力してくれる獣医に好意を拒絶するかのような態度をとり、交際中の青年には、思いを断ち切ろうとするかのようにあえて乱暴な行動に出てしまう。
実にワガママで面倒臭い女性である。あくまで紳士的に振舞う青年は、さぞ傷ついただろう。何とも不快な彼女の態度に唖然としながら、彼女をこう走らせた思いの裏側に興味が湧いてくる。
監督が師と仰ぐ小津安二郎『晩春』を思い浮かべた。父の今後を憂えるがゆえに婚期を逃しそうな娘が、単なる家族愛だけでなく、身近な異性としての父への思慕、更には嫉妬心が絡んだ複雑な思いから、自分の感情をコントロールできなくなっていく。
本作のクリスは小津の原節子よりかなりエキセントリックだが、根底に流れる感情は、笠智衆と原が演じた父娘の関係に近いものを感じさせる。
そして小津作品なら、そこはかとない愁いを含みながら納得のエンディングを迎えるのだが、かなりドライに突き放した終わり方をしたのは、70年を経た歳月と北欧という風土からなのだろう。
淡々とした日常、広々とした農場の風景、字幕テロップの国際ニュース。セリフは少なく静寂に浸れる。
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