『沈黙』イングマール・ベルイマン

理性と欲望を巡る姉妹の葛藤

沈黙 ベルイマン 映画 に対する画像結果

《公開年》1962《制作国》スウェーデン
《あらすじ》長距離列車で旅する三人、エスター(イングリッド・チューリン)とアンナ(グンネル・リンドブロム)の姉妹と、アンナの息子のヨハン(ヨルゲン・リンドストロム)は、姉妹の母が住む家に向かうところだが、エスターが体調を崩したため、途中下車してホテルに宿を取った。
そこは言葉の通じない異国で、戦争が近いのか街には戦車が往来し、ホテルには宿泊客の小人芸人一行と支配人しか見当たらない。
エスターはベッドに体を横たえ、ヨハンはホテル内の探検に出かけたため、アンナは身支度をして散歩と称し街に出た。
立ち寄ったカフェでウェイターに色目を使われて気を良くし、小人たちのショーをやっている劇場に入ると、片隅で男女のカップルが激しく絡み合っている。思わず席を立ち外に出ると、さっきのカフェのウェイターが待っていて、誘いをかけてきた。
しばらくしてアンナはホテルに戻るが、エスターはそのスカートの汚れから妹の行動を察知して、嫌悪の視線を投げかけ詰問した。少し経って、アンナはエスターに当てつけるように、ウェイターと教会でセックスしたことを告白する。
やがて、そのウェイターがホテルまでやってきて、廊下でアンナとキスをして別の一室に消えるが、その様子をヨハンが見ていた。
ヨハンは、母アンナが男とキスをして部屋に入ったことをエスターに告げ、エスターは二人がいる部屋を訪ねる。部屋に入るとアンナと男がベッドにいて、アンナはエスターに見せつけるように男と戯れ、ショックを隠せないエスターの前で高笑いをする。更に日頃の恨みつらみをぶちまけた。
エスターは「かわいそうなアンナ」とつぶやいて部屋を去り、エスターが部屋に戻ったと思ったアンナは、高笑いからすすり泣きに変わった。
しかし翌朝、ドアを開けたアンナはエスターが一晩中二人の部屋の前にいたことを知る。そのせいでエスターの病状が更に悪化してしまう。
深刻な病状で旅が続けられそうにないエスターだったが、そんな姉を残してアンナはヨハンと共に先を急ぐと言う。別れ際にエスターはヨハンに「これは約束のメモで大切な言葉。いつか分かるから勇気を持って」と語り紙片を渡した。
列車の中でヨハンはエスターのメモを開いた。この国の言葉で「精神(ハジェク)」と記されていた。雨なのに列車の窓を開け暑がるアンナに、ヨハンは冷たい眼差しを向けた。

《感想》理性を重んじ自らを抑圧し続ける姉と、自由奔放で理性より欲望重視の妹が激しく対立し、妹の息子である少年は為す術もなく、大人世界の悲しみを見つめる。
背景で重要なのは「言葉が通じない国」だということ。翻訳家の姉は通じないながらも異国の言葉を理解しよう、理性的なコミュニケーションを図ろうとするが、妹は言葉を介さず欲望のままに、行きずりの男と関係を持ってしまう。
また、二人の罵り合いの裏には、過去に亡き父の愛情を得ようと競い合った確執があって、姉には未だにその呪縛から抜けられないファザコン気質が残り、妹には反発から弾けたような不良性向が窺える。心底には互いの憧れと嫉妬がない交ぜになったような、姉妹の宿命のような感情が見える。
そもそも深い溝のある姉妹なのに、言葉が通じないという周囲との断絶によって、その溝は更に深まり、孤立していく。
本作は、「神の沈黙」三部作の最終作に当たるが、“沈黙”の意味するところは何か。戦争による閉塞的状況と姉妹の絶望的な孤立、そこに希望がないことを指して「神が沈黙した世界」と言っているのか。
まもなく死を迎えるであろう姉にも、性の奈落に堕ちようとする妹にも、神の手は差し伸べられない。性と死と神……その解釈は多様で難解だ。
だが、光と影のコントラスト、独特なカメラアングルと構図によって、見事に研ぎ澄まされたモノクロ映像に惹き込まれてしまう。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと愉悦を求めて、偏屈映画ジーサンをやっています。ボケ防止のレビューを書きながら。