『父、帰る』アンドレイ・ズビャギンツェフ

父の愛と子の思いを神話風に

父、帰る

《公開年》2003《制作国》ロシア
《あらすじ》日曜:子どもたちが高所から海に飛び込んで遊んでいるが、臆病なイワン(イワン・ドブロヌラヴォフ)は飛び込めず、兄アンドレイ(ウラジーミル・ガーリン)や仲間からクズと言われる。母と祖母と暮らしていた。
月曜:12年前に姿を消した父(コンスタンチン・ラヴロネンコ)が帰っているという母の言葉に二人は驚いた。兄弟は写真でしか父の顔を知らず、誰も空白の12年について語らない。
その日の食卓で、父が唐突に兄弟を連れて旅に出ると言い出す。
火曜:三人は車に釣り竿とテントを積み込んで旅に出た。父は兄弟に対して高圧的で手荒に接し、言うことを聞かなければ手を上げることもあった。そんな父にアンドレイは素直に従うが、イワンは反感を募らせる。
途中、兄弟が不良にカツアゲされ父の財布を奪われると、父は相手を捕まえ「殴られたら殴り返せ」と命じた。父には旅の目的があるらしく、その夜はテントで野営した。
水曜:次の地に向かう途中、不満を漏らすイワンに怒った父がイワンを車から降ろして置き去りにする騒ぎがあって、二人の間に険悪な空気が流れる。
車がぬかるみにはまるが、父の手慣れた対処で脱出した。
木曜:目的の湖に着き、廃船とおぼしきボートを修理して無人島へと渡る。兄弟の目は輝き出すが、エンジントラブルが起きてオールで漕いで到着した。
金曜:島には高い鉄塔があり、父とアンドレイは登って見晴らしを楽しむが、イワンは怖くて登れない。その日、父は廃屋に出かけて掘り起こした鞄を持ち去りボートに隠した。兄弟は引き上げるまでの合間を縫って釣りに出かけるが、父との約束の時間を大きく超えてしまい、父の激怒を買う。
アンドレイが父に殴られ、父への怒りが頂点に達したイワンは父にナイフを向けるが何もできず、ナイフを捨てて泣きながら島の奥に向かって駆け出し、父とアンドレイは後を追った。そして鉄塔に登り始めた後を父も登るが、足場が崩れて父は転落し死んでしまう。兄弟は泣きながら、木の枝でソリを作って遺体をボートまで運んだ。
土曜:兄弟は父の遺体を乗せて島を離れ対岸にたどり着く。ところが着いた途端にボートは波に流され、父の遺体と共に湖底に沈んでいき、兄弟は為す術もなく「パパ!」と叫んだ。兄弟が父の車に乗ると、父が大事にしていた兄弟の幼い頃の写真が残されていた。



《感想》12年ぶりに家に帰り息子の前に現れた父は、威厳に溢れているが身勝手で粗暴という絶対君主のような男だった。兄は父の男らしさに魅かれ従うが、弟は素直に受け入れられずに反発する。
その父との旅を強いられ、期待と戸惑いが相半ばする兄弟だったが、幼い弟との溝はより深まっていき、遂に弟はナイフを向けて父を糾弾する。父は「誤解している」と答え、それでも拒絶する弟に、最後は命令口調でなく「頼むから」と懇願する姿に変わっていく。
父は子に一人で生き抜く強さを教えたかっただけなのだろう。しかし、どう歩み寄ればいいのか分からず、その不器用な強引さが子どもの理解を超えていたが故に悲劇を招いてしまう。
父は子に、ぬかるみにはまった車の対処法を教えたが、そのまま父の遺体運搬に役立ってしまった。そして父を失った子は初めて心底から「パパ!」と叫び、かけがえのなさを知った。
12年間の経緯、事情は明らかにせず、父の旅の目的も謎のまま。旅の途中で電話していた相手も、島で掘り出した物の正体も明かさなかった。謎めいた部分は多分、本旨に不要なサスペンス的“味付け”だったのだろう。説明を避けたが故に話が分散せず、父子三人の物語として密度を高めたような気がする。
そして謎が多いだけに深読みの解釈もできる。エディプスコンプレックスによる「父親殺し」と見るか、それともキリスト教の視点から主と父を重ねて見るか、様々あるようだ。表面的かも知れないが、私は父子の愛憎と絆、子どもの成長物語と受け止めた。

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投稿者: むさじー

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