家族の“喪失と再生”物語に泣ける
《公開年》2019《制作国》韓国
《あらすじ》2014年4月16日のセウォウル号沈没事故から2年。息子スホを失ったスンナム(チョン・ドヨン)は、下の娘イェソル(キム・ボミン)と暮らしている。夫ジョンイル(ソル・ギョング)は5年前にベトナム勤務になり、それ以来離れて暮らしてきた。
そのジョンイルが突然帰国した。チャイムを押してもスンナムはドアを開けようとせず、小学生になったイェソルは父だと気付かない。仕方なく彼は妹夫婦宅に居候をする。
スーパーのレジで働くスンナムは、ジョンイルが連絡しても会うのを拒否し、やっと会えたら離婚届を突き付けてくる。娘イェソルは懐いてくれたので、学校の体験学習に付き添い潮干狩りに行くが、海に入ることを拒絶した。また魚が食べられない、家の浴槽にも入れないというトラウマを抱えていた。
ジョンイルが在宅するある日、遺族支援団体の代表が訪れ、スホの誕生日会を提案して帰った。スンナムは今まで誕生日会の誘いを断っていた。その遺族会も補償金を貰って離れる人と拒絶する人と二分している。
ジョンイルは、そのままになっているスホの部屋で未使用のパスポートを見つける。父がいるベトナムへ母を連れて行くためのものだった。
家族が離れて暮らした5年の間に、ジョンイルの職場では死者を出すストライキが発生し、責任を問われた彼は無罪判決が出るまでの3年、刑務所に服役していた。
息子を失い最も辛い時期に夫がいなかったこと、貯金は夫のための弁護士費用に消え、その後は引っ越して慎ましい暮らしをしていること、スンナムはやり場のない思いをぶつけるしかなかった。メンタルクリニックにも通っていた。
ジョンイルも家族を支えようと再就職に臨むがうまくいかず、それでも息子の夢を叶えたいと空港職員に懇願し、スホのパスポートに出国スタンプを押してもらいスンナムに渡した。
あの悲劇で心に傷を負ったのは家族だけでなく、親友やガールフレンドなど、周囲にたくさんいることが分かってくる。スホの誕生日が近づき、頑なに心を閉ざしていたスンナムも支援団体が誕生日会を開くことを認めた。
スホの誕生日会には多くの人が集まり、スホとの思い出を話した。死の危機にあっても他人を思いやり勇敢だった彼は、周囲から愛されていたことを実感したスンナムは胸がいっぱいになり、「あの朝の電話に気付かなかった」と悔やむ気持ちを涙ながらに話した。
「母に対する息子の思い」を綴った詩が朗読され、ジョンイルは号泣した。
スンナムは誕生日会で笑顔を取り戻した。スホによって、夫や娘と一緒に前を向く勇気をもらい、再び三人での暮らしが戻った。
《感想》2014年のセウォウル号沈没事故から2年後。母は息子を失った喪失感から立ち直れず悲嘆の日々を送り、事故のとき家族のそばにいなかった父は不甲斐なさと後悔ばかり。最愛の兄を失った妹はトラウマに苦しんでいる。
友人たちも、助けられた感謝と犠牲者への負い目がない交ぜになって、やり場のない思いに悩んでいる。
それぞれの思い出の中にあるのは、幸せだった頃の記憶と、傷を伴って思い起こす悲しみの記憶。だが人はなかなか感情を素直には吐き出せない。そんな頑なだった心が一気に溶けていく、クライマックスの誕生日会シーンに圧倒された。
痛みを共有する一体感のようなものか、誰もが共感しその安心感の中に身を委ねたとき、人は素直になり救われるのかも知れない。
映画は事故の詳細に深入りせず、ドキュメンタリーに近づくことを避け、残された家族の“その後”を中心に描くことで、家族の“喪失と再生”という普遍的な物語になっている。また友人らにとっても、親しい人の死に正面から向き合い再起する物語になっている。
イ・チャンドンの弟子だという女性監督は、脚本の巧みさを含め、怖い位に泣かせ所を心得ている。でも、あざとさを感じるより素直に感動してしまうのは、チョン・ドヨンとソル・ギョングの真に迫った深い演技によるものと思う。
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