『僕と頭の中の落書きたち』トール・フロイデンタール

不治の病を持つ苦悩と、支える愛

僕と頭の中の落書きたち

《公開年》2020《制作国》アメリカ
《あらすじ》高校生活最後の年を迎えたアダム(チャーリー・プラマー)は、料理をするのが好きで、卒業後は料理学校に行こうと考えている。時折幻覚や幻聴に悩まされているが、料理中には現れない。
アダムの父は家を出て別居中で、母のベス(モリー・パーカー)と二人暮らしだったがその後、母の恋人ポール(ウォルトン・ゴギンズ)が同居するようになった。
ある日の授業中、薬品実験の最中に幻覚が現れたアダムは、突然暴れ出し事故を起こしてしまう。その結果、退学となり転校する。
検査の結果、統合失調症と診断される。アダムは幻覚上の三人(穏やかな女の子のレベッカ、キレやすく暴力的な用心棒、エロい親友のホアキン)に付きまとわれていた。母と一緒に様々な治療を模索する中、症状改善を目的にした新薬の治験対象になる。
転入した聖アガタ学園では、自らの病を秘密にしたまま学校生活を送るが、ある日マヤ(テイラー・ラッセル)という女生徒と知り合う。優等生だがクスリの売人の副業を持っていた。何としても卒業したいアダムは、マヤに家庭教師を頼む。
マヤと親しくなる中、新薬の効果もあってか、幻覚が現れなくなり普通の暮らしができるようになったアダムは、マヤの家を訪ねて“家庭の事情”を知る。屋根職人の父は怪我で働けず、弟二人を抱え、彼女は家族を養っていた。
マヤとの距離が一気に縮まり、二人は映画『25年目のキス』を観に行った。しかし、新薬で幻覚は見えなくなったものの、手に震えがきて、味覚が変わってしまうという副作用が現れ始める。
アダムは服薬を止めてしまうが、止めるとまた幻覚が現れる。そんな時、母親から妊娠したと告げられ困惑する。
マヤと学園のプロムに参加することになり、大量の薬を飲んで出かけるが、強烈な幻覚に襲われ、暴れた末に倒れ、気づいたら病院の拘束ベッドだった。
転入した学園とは、薬の服用を続け問題を起こしたら即退学が条件だったため、両親には退学が告げられた。
以前初めて“告解”をした学園併設の教会の神父(アンディ・ガルシア)が病院を訪ね、「欠点に向き合え。自分を信じろ。祈ろう」と励ました。
自宅に戻ったアダムは、ポールが校長に送ったという退学に対する抗議と嘆願の手紙を見せられる。自分に無関心とばかり思っていたポールの深い愛情を知り、アダムはポールに謝って抱きしめた。
卒業式の日。アダムは突如式典の舞台に立ってスピーチをした。自分の病気のこと、胸の内を語った。会場を去ろうとするアダムをマヤが追い、愛を打ち明けた。
学校側が折れる形が卒業できたアダムは、料理学校の実習で笑顔を見せる。

《感想》統合失調症という病をこんなに軽妙な青春映画にしたことに、まず驚いた。この病を描いた代表作といえば『ビューティフル・マインド』だろうが、それと対極の描き方をしている。
『ビューティフル‥‥』は実話ベースのサクセスもので、幻覚交じりのサスペンスタッチ、家族の苦悩は裏に隠れ、良作だが巧みで薄味のアメリカンテイストを感じた。
本作は、主人公の若者が自分の症状と心の内を淡々と語り、幻覚キャラ(?)は想像を超えてポップだし、家族や彼女との愛が前面に出て、それを支えに前向きに生きようとする姿を描いている。
しかし現実は、薬で幻覚を抑えようとすると深刻な副作用に悩まされ、副作用を恐れて薬を断つと幻覚に襲われる。完治を望めず、地獄の苦しみを抱えた日々を送っている。
当初は「重すぎる現実から逃げた」という印象を持ったが、次の一言で思いは変わった。「がん患者のことは大勢の人が助けるが、統合失調症の患者には誰も関わってくれない」。
関わりは「厄介だし、覚悟が必要だから」と避けるのが現実なのだろう。本作でも、学校や医療の関わりは浅く支援団体も登場しないが、そんな社会的支援に深入りするのをあえて避けたように思えた。
そして、病者が周囲に求めているのは“病気への理解”であり、周囲が大切にすべきは“孤立させない関わり”であることをさりげなく訴えているように思える。重苦しいテーマだが、その切り口は潔く斬新で、明るく描いていることに救われる。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。