『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ』ダリウス・マーダー

突然、音を失った男が平穏を見つけるまで

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~

《公開年》2020《制作国》アメリカ
《あらすじ》ドラマーのルーベン(リズ・アーメッド)は、恋人のルー(オリビア・クック)とヘビメタバンドを組み、ライブ活動で各地を回りキャンピングカーで暮らしていた。
ある日突然、音が消え耳の異変に気付いたルーベンは、立ち寄った薬局で専門医にかかることを勧められ、病院で聴力検査を受けた結果、24~28%の失聴状態にあることが判明する。
医師からは、内耳インプラント手術はあるが保険が使えず高額になること、残された聴力を維持するために大音量の環境を避けるよう言われた。そして、ルーには内緒でその日のライブに出るが、症状が悪化して演奏を途中で止めたルーベンは、全てをルーに告白した。
ルーはツアーを止めようと言うがルーベンにその気はなく、ままならない苛立ちから生活が荒れて、心配したルーは聴覚障害者が共同生活する施設に連れて行く。しかし施設で一緒に暮らすことは出来ず、ルーは彼を残して去った。
施設のリーダーであるジョー(ポール・レイシー)はルーベンに、手話を学んで基盤を作るよう、聴覚障害者の生活を学ぶよう諭し、子どもたちの教師であるダイアンの手伝いをすることになる。
手話が苦手なルーベンは、子どもたちと授業を通して触れ合い親交を深め、ドラムの演奏の仕方を彼らに教えた。ジョーは、ルーベンが静寂の世界に早く馴染めるよう、早朝にコーヒーを淹れ、気持ちが落ち着くまで文字を書くよう勧めた。
不自由なく手話で会話できるようになった頃、ジョーはルーベンに施設職員として働くことを勧められ職員になるが、ジョーの目を盗んでパソコンの不正利用を始める。
ネットで、ルーのパリでのライブが大成功だったことを知り、耳を治そうという思いが再燃したルーベンは、人工内耳の手術代捻出のため、ドラムや音楽機器、更にキャンピングカーまで売り払ってしまう。
そして無事にインプラント手術を終え、4週間後に音入れをするとことになる。キャンピングカーを買い戻そうと考えたルーベンはジョーに借金を願い出るが、ジョーは「難聴は治すものではなく重要な理念だ」と持論を語って借金を断り、ルーベンに退所するよう告げた。
人工内耳によって聞こえる音は歪んだもので落胆したが、ルーベンはパリで父親と住むルーの家を訪ねる。両親が離婚し、別れた母親が自殺したことで父親を憎んでいたルーが、自傷行為を止められたのはルーベンのおかげと、父親から感謝の言葉を聞いた。
その夜、二人はベッドで愛し合い、ルーベンもルーも互いに「あなたに救われた」と打ち明け涙した。そして翌朝、ルーベンはそっと家を後にした。
公園に着いて、教会のベルや街のざわめきに気付くが、その音はインプラントのせいで壊れた騒音としてしか知覚されず、ルーベンはインプラントを外し、光と静寂の世界に浸るのだった。

《感想》突然聴力を失ったバンドのドラマー、ルーベンは困惑しヤケを起こすが、聴覚障害者施設で静寂の世界に生きる豊かさを知り、その一方、人工内耳で聴力を回復しようと模索する。しかし人工内耳で得られた音は、歪んだ金属音に過ぎず、音楽の世界には戻れないと気付く。
それは、バンド仲間だった恋人と支え合い共に生きてきたものの、互いの人生の将来に相手の姿がないと悟ることでもあった。
映画は「聞こえるということ」の意味と、別れるしかない男女の物語を重ねて描く。音も愛も失ったルーベンは、やがて“静寂の平穏で豊かな世界”に導かれ、その先は見えないが、希望を見出したかのようなエンディングを迎える。
施設のリーダーが言う「難聴は治すものではなく重要な理念だ」という言葉が印象に残る。失うことと引き換えに得るものがあり、失うことでしか見えない世界もあるということか。
これは難聴者の矜持であると共に、「静寂の持つ意味に気付くべき」という健聴者に対するメッセージと受け止めた。
と同時に、どんな不幸に出会っても必ず救いの道はある、という人生に対する普遍的なメッセージのようにも思えた。
大切なのは、今の自分自身を受け入れること、幸福と感じる境地は自分で見つけ出すもの。彼の凄まじい葛藤が心に響く。そして二人の切ない別れに涙した。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。