『仕立て屋の恋』パトリス・ルコント

偏屈な中年男の切ない純愛

仕立て屋の恋

《公開年》1989《制作国》フランス
《あらすじ》若い女性の死体が空き地で見つかり、殺人事件として捜査が始まる。容疑者として浮上したのが仕立て屋イール(ミシェル・ブラン)で、彼は人付き合いが悪く周囲から煙たがられ、加えてわいせつ罪の前科があることから睨まれていたが、確証は得られていない。
そんなイールの唯一の楽しみは、向かいの部屋に暮らす、若く美しい女性アリス(サンドリーヌ・ボネール)の姿を覗き見ることである。恋心を抱くイールだが、彼女にはエミール(リュック・テュイリエ)という恋人がいることも知っていた。
ある夜、アリスはイールが部屋を覗いていることに気付き、ある不安を抱く。そしてアリスは、イールが事件のことをどこまで知っているのかを確かめるためにイールに接近した。部屋を訪れたアリスは「覗きを警察に通報しない。優しそうな人だから」と距離を詰めようとしたが、イールはそんな彼女を追い返した。アリスの思惑を見抜いていたから。
実は殺人事件があった夜、エミールがアリスの部屋に来たのを目撃したイールは、エミールが犯人であることも、アリスが証拠の隠蔽に協力したことも知っていた。
後日、イールはアリスから日曜のランチに誘われ、駅が見えるレストランで食事をする。そこでイールは「ローザンヌに家があるので、スイスに永住するつもりだ」と話した。
更に「自分に優しくするのは恋人エミールのためか」と聞き、「アリスがコートで血を拭き後始末したのも見たが、警察に届けなかったのは君を愛しているから」と告白した。
そんなイールの愛にアリスの心は揺れ、二人の距離は急速に縮まる。三人で出かけたボクシング会場で、容疑者となったエミールは警察に追われ、残されたアリスにイールは「私と逃げるべきだ。君を守る」とスイス行きの切符を渡した。
部屋に戻ったイールは、手紙を書いて鍵と共に封をした。
スイスに発つべく駅でアリスを待つが現れず、イールが再び部屋に戻ると、そこに刑事とアリスがいた。アリスは被害者のバッグをイールのタンスの中から見つけたとして刑事を呼び出し、イールを犯人に仕立て上げたのだ。
自分を裏切ったアリスにイールは「君を恨んでいない。死ぬほど切ないだけだ。君は喜びをくれた」と言うと、油断した刑事の隙を突いて屋上に逃げるが、足を滑らせて転落死する。
その後、イールから刑事に宛てた手紙とロッカーの鍵が届き、ロッカーにはイールが拾ったという血の付いたエミールのコートがあった。手紙にはアリスとの国外逃亡について「罪のないアリスを守るために旅立つ。自分とアリスの幸せを祝福して欲しい」とあった。

《感想》覗き趣味の孤独な中年男は、恋する女性の弱みにつけこみ、真の愛に高まることを夢見て賭けに出るが‥‥。
殺人の証拠を握られているかもと疑いを持った女は、興味を持ったフリして近づくが、男には見抜かれていて‥‥。
揺さぶりをかける男と、心の揺れを隠し通す女。この静かな心理戦が巧みに、濃密なエロティシズムの世界に描かれる。
やがて、男の一途な愛と深い絶望、女の残酷さが浮き彫りになる。一見純情男と魔性の女の構図だが、男の独りよがりの愛も、恋人を守るための女の裏切りも、純粋に愛を求めた点では“純愛”と呼んでいいのかも知れない。
だが、女の気持ち次第で男の運命が決められ、男は自分が犯人にされても免れても女との関係が絶たれてしまう。そんな男の哀れさと救いのなさに後味の悪さは残るが、一方で全てを失いカラッポになった男女の“無”の世界が広がり、観客は置き去りにされた気持ちでボーゼンとさせられる。これもまた映画的悦楽なのだろう。
そして男が刑事宛てに残した手紙は、女が来ると信じての心情だけにやはり切ない。男の最期を見届けた女に去来するのも虚無。あの手紙を知ったら号泣するだろう、と想像しながら。
サスペンス風味は軽めで、気品と耽美的な佇まいを持ったラブストーリーになっている。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。