『リボルバー』藤田敏八 1988

コミカル群像劇の隠れた傑作

リボルバー

《あらすじ》鹿児島県警巡査部長の清水信彦(沢田研二)は、上司の勧めで山川亜代(南條玲子)と見合いをしたが、あまり乗り気ではない。気晴らしに出かけた海水浴場でバーのホステス・節子(手塚理美)と知り合い、その後警ら中に再会し心惹かれる。
別府競輪場で大穴を当てて仲良くなった蜂谷(柄本明)と永井(尾美としのり)は、気を良くして鹿児島に向かう。
受験を控える高校生の出水進(村上雅俊)は、ある晩塾帰りにホステスの美希がヤクザ風の石森(山田辰夫)に暴行されている現場を目撃し、石森にさんざん殴られる。悔しかった出水は、男を叩きのめす力が欲しいと切実に思った。
ある日、清水は仕事中に公園のブランコで一休みしていて、後ろから後頭部を殴られ拳銃を奪われてしまう。奪ったのは会社員の阿久根(小林克也)だった。
阿久根は、不倫関係にある部下の美里(倉吉朝子)から同僚との結婚を告げられ、捨てられて怒った彼は、二人を殺し自分も死のうと思い詰める。美里たちの新居に忍び込んだものの殺せず、ピザ屋を脅してピザとバイクを奪って逃走し拳銃を動物園のゴミ箱に捨てる。結局、警察に追われて海に落ち、その拳銃を拾ったのが、動物園に来ていた出水だった。
出水は自分を殴った男に復讐するため、ホステスの美希から男の所在を聞き出し、幼馴染の直子(佐倉しおり)に金を借り、鹿児島から札幌に向かった。
拳銃を奪われ警察を辞職した清水は、世間の目を逃れるように節子の部屋に転がり込んでいたが、節子から美希の情報を、美希から出水のことを聞いて、出水を心配する直子と共に札幌に向かう。
自分の前から突然姿を消した清水を追って、見合い相手の亜代も札幌に向かう。同じ頃、競輪行脚を続ける蜂谷と永井も札幌に来ていた。
札幌に着いた出水は、石森の居場所を突き止め彼に詰め寄る。最初は相手にしなかった石森だったが、拳銃が本物だと分かると弱々しく命乞いをし、隙を見て逃げ出した。それを追う出水、その後ろから清水と直子が追う。
大通公園で石森に銃を向ける出水、その銃をけ飛ばして阻止した清水。遠巻きに市民が集まり、その中に見合い相手の亜代、競輪行脚の蜂谷と永井もいた。
出水の手から離れた拳銃を拾ったのは亜代だった。亜代は好意を寄せる清水が自分を捨て節子の元に走ったことを怒り、拳銃を手にした瞬間、その怒りが殺意に変わって、なだめる清水に発砲してしまう。
しかし、その弾は清水でなく見物していた蜂谷に当たってしまった。
清水は節子に会いに行くが、「私は人を撃つほど好きになれない」と別れを告げられ、タクシー運転手をやっている。

《感想》原作佐藤正午×脚本荒井晴彦×監督藤田敏八の組み合わせで、こんな軽妙な群像劇があることを知らなかったし、予想以上に面白かった。
今は亡き藤田敏八が最後に監督したバブル真っ只中の作品。長らく青春ものとロマンポルノを撮ってきた同監督だが、本作に登場するのは、高校生を除けば中年又はその域に差し掛かりそうな人物ばかりで、70年代に青春を送った者たちが、10年過ぎてくたびれかけた頃合いになる。
盗まれた一挺の拳銃がいろんな人の手に渡ってドラマが展開し、“拳銃があれば使いたくなる”心理から、冴えない中年も非力な高校生も、拳銃に力を貰って思いを叶えようとする。
一方“ピストルが撃ちたかった”と警官になった中年男は、意欲の湧かない平凡な交番勤務の日々から、拳銃を奪われたが故に、拳銃を取り戻すという目標を見つけて輝き出す。いろいろ深読みできそうな筋書きである。
時折、意味ありげなセリフが飛び交う。
いわく「何かを忘れるために何かをするんだ」「相手が忘れてくれなきゃ、こっちも忘れられない」等々。
過ぎ去った青春、失ったものに思いを馳せ、次に飛び立てない苛立ちを口にする中年の哀愁なのか。あるいは、好景気に湧きながら素直に喜べない虚ろさがあって、先行き不安を抱えた時代の空気感のようにも思える。
映画のコピーは「一挺の拳銃が少年を変えた。北へ向かって青春が走る!」とあるが、それ以上に中年が走っていた。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。