物語を“体感”する大長編異色作
《公開年》1994《制作国》ハンガリー
《あらすじ》全12章のタイトルと要旨を記す(時間軸は前後する)。
1)やつらがやって来るという知らせ:ハンガリーの寒村。シュミットの妻と寝ていたフタキは聞こえるはずのない鐘の音で目覚めた。帰宅したシュミットが仲間と村人の金を持ち逃げする算段を妻に話し、それを知ったフタキはシュミットに迫って仲間に加わる。その朝、死んだはずの男イリミアーシュが帰ってきたという知らせが村人の耳に入った。
2)我々は復活する:労働忌避の罪で役所に召喚されたイリミアーシュと相棒のペトリナは、警視から自由と秩序について説教され、ある任務を受ける代わりに釈放される。二人にシャニが合流し村に向かった。
3)何かを知ること:酒浸りの太った老医師は、双眼鏡で外をうかがい、村人の行動をノートに書いていた。酒を切らした医師は、酒を買いに外に出るが、外は雨で、廃墟で雨宿りをして娼婦に会い、なおも歩くが林の中で力尽きて倒れ、翌朝バスの車掌ケレメンに助けられる。
4)蜘蛛の仕事その1:ケレメンが酒場に来て、イリミアーシュとペトリナが来る話をすると、店主はかつてタダ酒を飲まれた恨みがあって苛立つ。
5)ほころびる:母親が男の客といるので家に入れない少女エシュティケは、兄に騙されてお金をとられ、飼い猫をいじめ殺鼠剤で殺してしまう。猫の亡骸を持って歩き続けるが、翌朝、廃墟で殺鼠剤を飲んで自殺した。
6)蜘蛛の仕事その2:エシュティケの母が娘の行方を捜している。酒場ではイリミアーシュを待つ村人が飲んでいるが、店主は機嫌が悪い。エシュティケが覗いたのに気づかない。やがて酔いに任せて踊り狂い、疲れて眠った。
7)イリミアーシュが演説をする:エシュティケの遺体を村人が囲む中、イルミアーシュが演説をする。少女は周囲から疎外され誰もが罪びと、貧困から抜け出し生活を再建するために見本農場を作ろうと説き、村人から金を預かる。
8)正面からの眺望:明朝アルマーシ荘園集合とイリミアーシュから言われ、村人は家の荷物をまとめ、荘園を目指して歩く。酒場店主と医師は仲間外れになった。荘園に着き寒い一夜を過ごすが、みな悪夢にうなされる。
9)天国に行く?悪夢にうなされる?:村人を口車に乗せたイリミアーシュたち三人は町に向かい、宿をとり車を手配する。そして警視宛ての報告書を作る。村人を警察のスパイに仕立てるのが彼らの任務だった。
10)裏からの眺望:翌朝、イリミアーシュが約束の時間に現れないので、村人は騙されたのではと疑い始める。そこへ現れたイルミアーシュは、見本農場計画の延期を告げた。それは事業に不信を抱く敵がいるからで、皆にはこの敵について報告して欲しいと話し、トラックで町に連れて行き、それぞれに仕事と宿舎を割り振った。フタキだけは斡旋を受けずに去った。
11)悩みと仕事ばかり:イリミアーシュから報告書を受け取った警官は、文学的過ぎる表現を役人的な当たり障りのないものに書き換えてタイプを打った。
12)輪は閉じる:医師は酒を買って家に戻るが、入院していたので村人の引越しに気づいていない。医師はノートに書き始めた。「フタキは鐘の音で目覚めた。聞こえるはずがないのだが‥‥」。
《感想》貧しさと長雨でうら寂しいハンガリーの寒村。怪しげな男たちが素晴らしい楽園構想を掲げ、村人は半信半疑でその計画に乗るが、彼らは言葉巧みに金を集めていく。果たして救世主か詐欺師か?
世の中には搾取する側とされる側があって、力の強い者が搾取する側に回る。詐欺師は村人から、兄は妹から搾取し、妹は更に弱い存在の猫から命を奪うが、この愚かさ、罪深さはいつの時代も変わらない。
この搾取の連鎖には秩序を保つ効果があるから権力者に好まれ、その結果、民衆は善悪が不分明なまま信じるしかなく、虐げられた暮らしを強いられる。
ソ連が崩壊してまもなく作られた本作は、その影響下にあった時代の閉塞感が色濃く、社会主義と民主主義がまだ混沌としている。警官が働かない男たちに“秩序と自由”について説教するも支離滅裂で、どちらを守ろうとしているのか。スパイが警察宛てに書いた過度に文学的な報告書は意味不明で、権力を揶揄しているかのようだ。
でもそんな政治色より、全編を支配しているのは後の『ニーチェの馬』に通じる人間存在の儚さ、ペシミズムではなかろうか。酒浸りの老医師はつぶやく「人は死を恐れるが、皆死ぬのだ」と。
穏やかな絶望の上にある日常は政治とは無関係に過ぎて、礼拝堂には祈る者もなく神の力は及ばず、やがて人生も物語も終わる。
7時間超の長尺で、閉口する程の長回しだが、誤解を恐れずに言えば、多少早送りしても観るべき価値がある。
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