『タレンタイム~優しい歌』ヤスミン・アフマド

民族、宗教の壁に傷つく切ない青春

《公開年》2009《制作国》マレーシア
《あらすじ》マレーシアのある高校で、校内の音楽コンクール「タレンタイム」が開かれる。
ピアノが得意な女子学生ムルー(パメラ・チョン)は、父がイギリス系とマレー系の混血、母がマレー系という裕福なムスリム(イスラム教徒)家庭の娘。
オーディションに受かったムルーを練習期間中、マヘシュ(マヘシュ・ジュガル・キショール)がバイクで送迎することになるが、彼は母と姉の3人家族でヒンドゥー教徒のインド人家庭だった。また、聴覚障害を抱えていた。
最初ムルーは、マヘシュが聾唖であることに気付かず無愛想な態度に怒るが、やがて誤解が解けて二人は惹かれ合うようになる。
ハフィズ(モハマド・シャフィー・ナスウィップ)はマレー人のムスリムで、学業優秀、得意のギター弾き語りによる自作曲で出場する。彼のただ一人の家族である母は、末期の脳腫瘍で闘病していた。入院している母を毎日のように見舞い、母からは「苦しい時ほど、人は輝く」と諭されていた。
二胡を演奏する優等生カーホウ(ハワード・ホン・カーホウ)は、中国系の成績に厳しい父親を持ち、成績トップの座をハフィズに奪われ、彼をライバル視するあまり打ち解けられずにいる。
ある日、マヘシュはムルーの家に招かれるが、ムスリムであるムルーの家庭はマヘシュに寛大だった。ムルーは手話を覚えようとし、二人の時間を過ごすうちに眠りこけ、彼は無断の外泊をして迎えに来た姉と共に帰宅した。
ヒンドゥー教徒であるマヘシュの母は、彼女がムスリムと知って半狂乱になって怒り、二人の交際を厳しく禁じた。マヘシュは母に土下座して謝って泣き崩れ、車からそれを見たムルーも泣いた。
コンクール直前になって、ハフィズの母親が亡くなる。彼は欠場だろうと予測される中、本番の日を迎えた。
ムルーは序奏だけ演奏するが歌いだせず、ステージを降りてしまう。ムルーにはもう会わないと母と約束したマヘシュだったが、それを破りムルーを追いかけて慰めた。
欠場が噂されたハフィズは出場した。「母と約束した。ベストを尽くすと」と言う彼は、ギターの弾き語りで母を忍ぶ自作の曲を歌った。
そんなハフィズの歌を舞台袖で聴いていたカーホウは、二胡を持ってステージに上がり、即興のセッションで歌を盛り上げ、演奏後に二人は強く抱き合った。

《感想》マレー系、中華系、インド系などが共生する多民族国家のマレーシアは、多くを占めるイスラム教と共に、ヒンドゥー教、仏教、キリスト教など多宗教国家でもあり、その宗教対立は根深いものがあるという。
本作にも、そんな多様性に満ちた社会の有りようが色濃く反映されていて、裕福な音楽少女と貧しい聴覚障害を持つ少年の恋が、宗教という見えない壁に阻まれる。
だが若い彼らにとって、親世代のそれよりも壁はずっと薄くなっているはず。恋が取り払うかも知れないし、音楽で乗り越えられるかも知れない。いろんな人がいることをそのまま受け入れ、民族や宗教の壁なしに共存できる世界でありたい。監督のメッセージはそんなところか。
だからラスト、母を亡くしたハフィズの歌に、対立していたカーホウが二胡で加わり無言で抱擁するシーンには胸が熱くなった。それに引きかえ、途中放棄したムルーの再演奏を期待したのだが叶わず、二人の恋の行方も見えないまま終わったことが残念に思えた。
また、病床にあるハフィズの母親を訪れる死に神(?)の存在や、コンクールに参加するか否かの教職員の騒動など、その意図が読めないエピソードも見られ、シナリオ的にやや未整理で粗い印象も受けた。
それらを補って余りあるのが音楽の力かと思う。音楽する青春を描く素朴で瑞々しい感性は映画的魅力に溢れている。優しい歌が切なく響いた。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマを求めて、“映画の旅”を楽しんでいます。