老いた幸せは妄想と共に
《あらすじ》75歳の日高桃子(田中裕子)は夫の周造(東出昌大)に先立たれて一人暮らしをしている。病院と図書館通いの繰り返しで、借りた本から「地球46億年の記憶ノート」を作る趣味はあるものの、馴染の図書館職員・澤田さんからサークルに誘われても挑戦する気は起きなかった。
そんな桃子の前に、おばさんコスプレの三人の男(濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎)が現れる。時に桃子の独り言に茶々を入れ、時に素直な気持ちを代弁する「寂しさ1~3」という“心の声”だった。だから(頭の中では)賑やかな毎日へと変わっていく。
また朝方には「どうせ、今日は何も起こらないから寝ていなよ」と囁く心の声「どうせ」(六角精児)が現れるが、その誘惑に負けず規則正しい生活をしている。
時々若い頃を思い出す。1964年、東京オリンピックの年に田舎を逃げ出すように上京した桃子(蒼井優)は、食堂で働くうち常連客の周造に出会い結婚した。
言いなりにならない“新しい女”になると決心していたが、「東京で古い生き方に絡めとられた。愛は曲者だ。愛よりも自由だ」と今は思う。
あれから55年、子どもたちは巣立ち、夫との平穏な日々をと思っていた矢先の夫の死だった。息子は電話もくれず、娘はお金の無心の時だけ孫と顔を出す。
それよりも庭木の枝切りをしてくた馴染のお巡りさんや、「遠くの息子より近くのホンダ」と売り込む車の営業マンの方が近しい。
最初は独り言に茶々を入れる“寂しさ”たちを無視していた桃子だったが、やがて掛け合いのようになり、いつしか一緒に戯れるようになっていた。
生きる意味を模索する桃子は、過去の幸せだった頃の家族との思い出をたどり、自分の心の声たちと対話し、好奇心に満ちた妄想に浸るうち、今の自分があるのは“周造の計らい”だったと思えてくる。
自分の人生を振り返ると、一番輝いていたのはここ数年だった。娘時代の自分に戻り、一人で生きる自由を得て、今まで見えなかった世界に出会えたのだった。
夫の墓参りをして「おらひとりでいぐも」と誓い、それ以来、妄想はより過激になる。かかりつけ医は古代人になり、古代マンモスをペットに引き連れたりして‥‥。澤田さんの卓球サークルへの誘いにも応じることにした。
そして「おらたち、おめだ」と合唱する“心の声”と一緒に踊り出した。
《感想》75歳の桃子は夫周造に先立たれて、一人暮らしの単調な毎日を過ごしていたが、ある日、彼女の心の声“寂しさ”が三人の男の姿で現れて以来、妄想が徐々に膨らんでいく。
その“妄想”の世界が面白い。趣味の「46億年の記憶ノート」に描いたマンモスがアニメやCGで勝手に動き出し、フルバンドをバックに亡き夫へのバラードを熱唱し、いつしか馴染んだ“寂しさ”三人とダンスを踊るまでになった。
ギャグ満載だが、その可笑しさの中に、老境にある者の本音と悲哀が垣間見える。
そして、今の自分は結構幸せで、それをもたらした周造の死は「オラへの計らい」だったと思えてくる。自分らしく一人で生きる自由を与えられて、新しい世界に出会えたのだから。
「自由と自立の大切さ」に目覚めた桃子は、“寂しさ”に打ち負かされることなく、“寂しさ”と戯れながら、趣味と妄想に没頭していく。それは、妻や母という役割から解放された女性が、孤独と共に手に入れた自由の境地で、改めて人生への向き合い方を見直す、ことでもあった。
本作はこんな哲学的(?)メッセージに、かなり奇抜な映像表現をもって取り組むという無謀な挑戦をしている。荒唐無稽なファンタジーの世界なのだが、老人のリアルな現実にボケ交じりの幸福感が加わって、摩訶不思議な境地へと導いてくれる。
愛おしさに溢れ、味わい深い秀作だと思う。
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