『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』森崎東1985

原発問題を“重い笑い”で描く

《あらすじ》旅回りのヌードダンサー、バーバラ(倍賞美津子)が名古屋に帰ってきた。沖縄集落にあるタケ子が営む飲み屋の二階が彼女の住まいで、内縁の夫・宮里(原田芳雄)と親友のアイコ(上原由恵)が待っているはずだった。
その日は、バーバラの弟の正とタケ子の娘のタマ枝、和男の不良中学生三人が修学旅行からはずされた腹いせに積立金強奪騒動を起こし、拉致された野呂教諭(平田満)が縛られ、物干し台に転がされていた。タマ枝はチンピラの子を妊娠していて、堕ろせと言われている。
宮里は原発を転々と渡り歩く“原発ジプシー”と呼ばれる労働者だが、ヤクザの仲間入りをしている。バーバラとは沖縄のコザ暴動以来の間柄で、彼女はそろそろ、二人で堅気の仕事に就いて結婚をと願っていた。
バーバラは宮里の顔を見るや、アイコのことを聞く。福井の美浜で原発労働者相手の娼婦をしていたアイコは、宮里の手引きで逃げてきたが、美浜に帰ってしまったという。
バーバラは美浜でのアイコが気がかりで、学校をクビになりバーバラに一目惚れの野呂を鞄持ちにして、再びドサ回りの旅にと美浜に向かう。追うように、学校を放校になった正たちも宮里と共に美浜に向かった。
美浜では、殺されたかと思ったアイコは元気で、恋人の安次(泉谷しげる)を葬ったところだった。事故で死んだという安次は、本当は原発で作業中に廃液漏れで被爆し、事故隠しのためにボート小屋に監禁されたのだった。アイコは一計を案じ、安次を死んだことにして埋葬するが、後日、ヤクザの目を盗んで安次を墓から掘り出し、バーバラと野呂を仲人に墓場で結婚式を挙げた。
やがて二人は別れを告げ浜を急ぐが、海上の船に乗ったヤクザの銃で撃たれてしまう。
バーバラや正たちは、アイコと同じ境遇にあるフィリピン女性のマリアにもヤクザの魔の手が迫っているのを知り、マリアを連れて名古屋に戻る。そして、老船長の船でフィリピンまでマリアを連れて密航しようと考えた。
マリアを追ってやってきたヤクザの戸張は、宮里にアイコ殺しの代人として自首しろと言うが、宮里は拒否し、戸張を銃で撃った。ところがしばらくして戸張の子分に撃たれてしまう。
よろよろと外に出る宮里を、ヤクザと繋がっている鎧刑事(梅宮辰夫)が待っていた。そして、瀕死の宮里から銃をもぎ取ったバーバラが刑事めがけて発砲し倒した。
マリアや正たちを乗せた船は、老船長が油を積み忘れたために港に戻ってきた。そしてマリアは強制送還されることになり、バーバラたちは港で見送る。
マリアはアイコの合言葉「あふれる情熱、みなぎる若さ、協同一致団結、ファイト!」と叫び、タマ枝は「アイちゃん、あたし産むよ、赤ちゃん」と天に呼びかけ、バーバラはアイコの口癖を真似て「バーバラですよゥ、ご飯食べたァ」と船に向かって叫んだ。

《感想》物語が四方八方に拡散していて、荒唐無稽なエピソードに溢れ、話が思い付きのように飛ぶので、全体像が見えにくい。という不満を抱きつつも、その思いは一途でストレートという印象を持った。
内縁関係の二人のなれそめは「コザ暴動」で、不良中学生は「校内暴力」の渦中にあって、ヤクザから「ジャパゆきさん」を救いたいと行動し、その舞台がメインテーマの「原発問題」で揺れる美浜だった。
安全神話が語られながら、流れ者の“原発ジプシー”は危険労働に従事させられて体は蝕まれ、もし作業中に被爆しようものなら、事故隠しのために始末されかねない。この辺はやや暴走気味だが、原発には闇の部分が多く、その犠牲になった人も少なくないと想像できる。
加えて、原発があれば労働者が集まり、風俗営業の店も栄え、中には外国人労働者もいるだろう。
それら底辺に生きる人々の悲哀に向ける眼差しは温かく、そのエネルギッシュな生き様を粗野に猥雑に物悲しく描いている。生きていることの喜怒哀楽を全て詰め込み、人間賛歌を謳い上げている。
脚本は粗くて、話にまとまりがなく、必ずしも格調や完成度を誇れる作品ではないと思うが、魅力的なキャラと相まった躍動感は捨て難い。
また、本作の中心にあるのは怒りであり、告発の姿勢である。だが社会派というより“ごった煮”で、ややアナーキーな感じさえする重い笑いを含んでいる。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマを求めて、“映画の旅”を楽しんでいます。