『うなぎ』今村昌平 1997

嫉妬と狂気、業の深さを軽妙に

うなぎ

《あらすじ》1988年夏、平凡な会社員、山下拓郎(役所広司)のところに、妻の恵美子の不倫を知らせる匿名の手紙が届き、真偽を確かめるべく夜釣りを早めに切り上げて帰宅した山下が目撃したのは、見知らぬ男と情事に耽る妻の姿だった。怒りに駆られた山下は包丁で妻と男を刺し、男は逃げたが妻は絶命した。山下はそのままの姿で警察に自首した。
8年後、2年間の仮出所期間が認められ、看守からペットで飼っていたうなぎを受け取った山下は、保護司である寺の住職に引き取られる。服役中に理容師免許を取っていた山下は、住職の世話で川のほとりに理髪店を開業するが、地元の人を避けるように暮らす彼にとって、話し相手はうなぎだけだった。
ある日、うなぎの餌を獲りに川にやってきた山下は、服毒自殺を図って倒れていた女性、服部桂子(清水美沙)を助ける。一命を取り留め住職の元に身を寄せた桂子は、お礼に山下の理髪店の手伝いをしたいと申し出た。
やがて理髪店は軌道に乗り、近所に住む船大工の高田(佐藤允)やUFOマニアの斉藤らと交流するようになっていく。
しかしある日、かつて服役仲間だった高崎(柄本明)が清掃作業員として現れてから、山下の暮らしに影を落とすようになる。また、桂子の元に友人だという男、堂島が現れ、山下は不安が隠せない。
若い女と理髪店を営み幸せそうに暮らす山下に嫉妬心を抱いた高崎は、山下に対して執拗な嫌がらせをするようになる。高崎は桂子に山下の隠していた過去を暴露してしまい、山下を糾弾する内容の張り紙をしていった。
桂子は山下から真相を聞こうとするが、山下は怒鳴って拒絶し答えようとしなかった。それでも山下の元を離れようとしない桂子だったが、かつて愛人関係にあった堂島と再会し、彼との子どもを宿してしまい、何も言わず山下の前から姿を消した。
それでも山下は相変わらず高田と共にうなぎ漁に出かけ、桂子が消えたのは殺人犯である自分に愛想を尽かしたからと考えていた。
その頃桂子は、自ら副社長を務める堂島金融という会社を訪ね、母のフミエ(市原悦子)が預けていた3000万円の預金通帳と印鑑を取り返した。
理髪店には、それまで行方不明だった高崎がまた現れ、一方的にわめき立てる高崎と山下が取っ組み合いの喧嘩を始め、その時、桂子が引き出した金を持って店に飛び込み、その後を追って弁護士を伴った堂島が怒鳴り込んできた。
金を返せと迫る堂島に対して桂子は拒否し、入り乱れての大喧嘩が始まって、高崎が桂子の妊娠をばらした時、山下は「俺の子だ」と言い放った。
この騒動によって山下は仮出所を取り消され、刑務所に戻ることになる。収監の前夜、川を訪れると高崎の幻影が現れ、「潔癖が女房を殺した。お前の嫉妬が生んだ妄想なんだ」と叫び、山下は「誰の子か分からない子どもを育てる。うなぎのお前と同じだ」と述懐して、飼っていたうなぎを川に放した。
翌日、桂子は山下に弁当を手渡し「待ってていいんですか」と問い、山下は「丈夫な子を生んでくれ」と言い残して、刑務所へと向かった。

《感想》不倫に逆上し妻を殺害した中年男は、人間不信に陥ってペットのうなぎにだけ心を開く静かな暮らしをしていたが、妻に似た自殺未遂の女性を助けたことで、少しずつ心を開いていく……。
彼のムショ仲間で妻殺しの過去を持つ高崎(柄本明)の存在が面白い。山下の過去を知り、彼が妻殺害に罪悪感を持っていないことを罵倒し、しかも高崎は墓参りを欠かさず贖罪に生きる男だった。
ラスト近く、高崎の幻影が山下の前に現れ「潔癖が女房を殺した。お前の嫉妬が生んだ妄想なんだ」と叫ぶ。これで合点がいった。高崎はもう一人の自分が生み出した虚像だった。
そう、妻の不倫も、それを密告する手紙もなかった。全ては“幼稚園のガキ大将的変態性潔癖症”が生み出した妄想だった。性に関して自閉気味な男の身勝手な被害妄想を思わせるが、それ以上に深い彼の心の闇が見えてくる。
水槽のうなぎは自由を剥奪された、山下の仮釈放という不自由な身と重なる。また川に放すその行為は、自らを解放しようという思いで、桂子のことも自らの罪も、誰の子か分からない子どもも全て受け入れ、本当の自分で生き直そう、そんな決意だったのだろう。
従来の作品に軽妙さを加えて、人間の嫉妬と狂気、業の深さを笑いの中に描いている。多様な解釈を許し深読みを誘う点でも秀逸である。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマを求めて、“映画の旅”を楽しんでいます。