『オール・アバウト・マイ・マザー』ペドロ・アルモドバル

ままならない人生をドライに描く

オール・アバウト・マイ・マザー

《公開年》1998《制作国》スペイン
《あらすじ》スペインのマドリード。臓器移植コーディネーターでシングルマザーのマヌエラ(セシリア・ロス)には一人息子のエステバンがいて、彼は作家になる夢を持っていた。
マヌエラと別れた夫でエステバンの父は、かつてアマチュア劇団で共に活動していた時期があり、エステバンは父のことをもっと知りたいと言う。
エステバンの17歳の誕生日、二人は『欲望という名の電車』の舞台を観に行き、エステバンは終演後に主演女優のウマ・ロッホ(マリサ・パレデス)のサインをもらおうと駆け寄り、突然来た車にはねられ脳死状態になってしまう。
マヌエラは悲痛な思いでエステバンの臓器移植に同意し、移植された患者の退院を見届けてから、仕事を辞めて思い出の地バルセロナに向かった。
そこで暴力男に襲われている街娼を助けるが、かつての友人でゲイのアグラード(アントニア・サン・フアン)だった。二人して救いを求めに行った修道院でシスターのロサ(ペネロペ・クルス)に出会う。
街に出たマヌエラは再び『欲望という名の電車』を観に行き、そこでもウマが主演を務めていたが、レズビアンの恋人の若手女優ニナ(カンデラ・ペニャ)の奔放な性格とヘロイン中毒に手を焼いていて、ウマに頼まれてマヌエラは付き人になる。
ロサはマヌエラの元夫ロラの子どもを妊娠していて、アルツハイマーの父親の世話をしている母親とは折り合いが悪く、エイズ検査陽性の結果が出ても誰にも話せず、行く当てがなくマヌエラの部屋に住まわせてもらう。
ある日、薬物に手を染めるニナが舞台に穴をあけ、マヌエラがかつて演じたことのあるステラ役の代役を務める。マヌエラは「息子はあなたのサインを求めて事故に遭った」とウマに話し、ウマからギャラと一緒に彼女のサインをもらった。
そしてマヌエラはロサの面倒を見るため、ウマの付き人をアグラードに任せ、ロサは出産のため入院した。やがてロサは男の子を出産し、エステバンと名付けるが、我が子をマヌエラに託してロサは死んでしまう。
ロサの葬式の日、マヌエラはバイセクシャルで元夫のロラ(トニ・カント)と再会する。自らもエイズを患うロラは、マヌエラに最後の別れを告げに来たのだった。ロラはマヌエラからエステバンの写真を受け取り、そしてロラとの子に対面すると思わず泣き崩れた。
1か月後、マヌエラはロサの子を偏見から守るため、共にマドリードに戻った。そして2年後、幸いにもロサの子にエイズ感染は認められず、子連れでバルセロナに行ったマヌエラは、ウマやアグラードに再会する。そこで、ロラが死ぬ前に返しに来たというエステバンの写真を受け取った。

《感想》スペインと言うお国柄か、情熱的で開放的で、登場キャラが何とも濃い。
ゲイ、バイセクシャル、レズビアンとセクシャルマイノリティの世界が軸で、街中には売春が横行し、薬物中毒やらエイズの問題も絡んできて、アブノーマルな物語が展開する。
ドロドロした重いモチーフだが、ドライな空気感で淡々と描いていて、次第に不思議な爽快感に包まれていく。猥雑だがサッパリしている。
本作には映画『イヴの総て』と舞台『欲望という名の電車』が登場する。
『イヴの総て』は大女優マーゴと本作の主演女優ウマのキャラがかぶるし、イヴがマーゴの代役で舞台に立つように、マヌエラがニナの代役を務めるエピソードで納得できるのだが、『欲望‥‥』はいかがか。
共通するのは“ままならなさ”なのかと思う。中年にさしかかる女性ブランチの若さへの羨望、虚栄心と、女性になりたいと願いながら叶えられないアグラードたちゲイの哀感がかぶって映る。
ままならない人生だが、何とか生きている。タイトルは“マザー”だが、母性に憧れる人たちも含めて、強く生きようとする人たちの人生賛歌のように思えた。
誰もが共感できる世界ではないが、人生いろいろ、悲喜こもごもと実感する。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。