『死を処方する男』バリー・レヴィンソン

尊厳死の法制化に挑んだ医師の闘い

死を処方する男 ジャック・ケヴォーキアンの真実

《公開年》2010《制作国》アメリカ
《あらすじ》サブタイトルは『ジャック・ケヴォーキンの真実』。
アメリカ・ミシガン州。医師のジャック・ケヴォーキアン(アル・パチーノ)は尊厳死、安楽死について、オランダでは認められているのにアメリカは厳格すぎる。司法が医師介助の尊厳死を認めるべきだと考えていた。
ジャックは姉のマーゴ(ブレンダ・ヴァッカロ)、かつての同僚で技師のニール(ジョン・グッドマン)、尊厳死を考える会のジャネット(スーザン・サランド)の協力を得て、自らの意志に反して生かされている末期患者に対して、手作りの装置を使った“自殺幇助”活動を始める。
この装置は、ジャック自身が罪に問われないよう、本人のわずかな動作による意志表示で引き金が引けるようになっている。
自殺幇助で警察の取り調べを受けたジャックは、目標のためには戦略的に動くべきというマーゴの勧めがあり、やり手弁護士のジェフリー(ダニー・ヒューストン)に頼ることにする。ジェフリーは自らの野望のために無償で弁護を引き受けた。
ジャックの自殺幇助は続き、「思いやりなのか、殺人か」をテーマにメディアにも登場して有名になり、自殺に関与したとして逮捕され検察に起訴されはしたものの裁判にはならなかった。
しかし、医師免許を剥奪され、そのことと悪名により自殺幇助の薬剤の入手が困難になり、反対する団体の妨害にもあった。
だが、回復の見込みがある自殺未遂のうつ病患者や、時期尚早と思われるパーキンソン病の老人などの求めには応じないという基本線を守って、その行動は続いた。
ジャックはTIME誌の表紙を飾るまでになるが、長年協力してくれた姉マーゴが心臓発作で死去した。またミシガン州知事が尊厳死を禁止する事態となった。
それでも自殺幇助を続けるジャックだったが、検察は訴えるものの裁判で勝てないと諦めていた。それは患者の死に対する意志表示を必ずビデオ撮影して、陪審員の理解を促し無罪に導いていたからである。
ある時、ジャックをサポートするジャネットの癌が分かり、彼女はジャックによる尊厳死を望んだ。戸惑うジャックだったが、彼女が82人目の患者となった。
弁護士ジェフリーが州知事選に出馬することになり、彼は「自殺幇助反対、個人権利尊重」を掲げ、ジャックと対立する。ジャックは次に進むために、自ら注射することを決意し、直接手を下すなら付き合えないとニールは去る。
ジャックはALS患者の死に自ら手を下し、その模様をビデオに収めた。「なぜ命の終え方を個人が決められないのか。末期患者になった時の救いは?」と訴えるビデオを持って、ジャックの半生を追っている記者の元を訪れ、全米で放送して欲しいと頼んだ。
そして、選挙に出馬したジェフリーの“尊厳死禁止”の発言に失望したジャックは、ジェフリーと袂を分かち、自分で弁護することを決意する。
遂にミシガン州の検察は殺人罪だけでジャックを起訴した。それは陪審員の同情を買う患者側の弁護材料をつぶすためである。「苦痛からの解放」という遺族証言は退けられ、ジャックの「私の行為は医療サービスで殺人ではない」という主張は認められず、有罪判決が下り収監された。
最高裁まで争うが、結局アメリカでの尊厳死の法制化はなされなかった。ジャックは8年半服役し、79歳で釈放された。



《感想》実話に基づくドキュメンタリー風のドラマで、映画会社制作ではなく、HBOというケーブルテレビの制作。
地味で面白味には欠けるが、制作側の熱気を感じるし、テレビの仕事でここまで没入できるアル・パチーノという役者の凄さに圧倒される。
日本でも2020年7月に「ALS患者嘱託殺人事件」が記憶に新しい。被害者と容疑者の間には「最後まで導く」「ありがとう」のやり取りがあったという。
軽々に言えることではないが、「重病で苦しみの淵にあり、医学的に見て回復の見込みがなく、機械等で生命維持する状態で、本人が死を望む場合」に、苦しみから逃れようと死を選んでも誰も否定できないのではないか、と個人的には思う。
一方で、患者が死にたいと願うのは、社会の差別の中で生まれた叫びであって真の希望ではなく、「死ぬ権利」より「生きる権利」を守る社会にすることが大切、という論にもうなずいてしまう。
容易に解決しない課題ではあるが、苦しみ続ける人がいることも、新たな犯罪者を生むことも、切ない話である。

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投稿者: むさじー

映画レビューのモットーは温故知新、共感第一、良品発掘。そして、世間の評価に関係なく私が心動かされた映画だけ、それがこだわりです。やや深読みや謎解きに傾いている点はご容赦ください。 映画は広くて深い世界、未だに出会いがあり発見があります。「いやぁ~映画って本当にいいものだ」としみじみ思います。