『冬の小鳥』ウニー・ルコント

捨てられた少女の葛藤と旅立ち

冬の小鳥

《公開年》2009《制作国》韓国
《あらすじ》1975年。9歳のジニ(キム・セロン)は旅行に行くという父に連れられて、ソウル近郊の児童養護施設にやって来る。ジニは子どもたちがいる部屋に通されるが、状況が分からずにいると目に入って来たのは、門の向こうに去る父の背中だった。
ジニは「自分は孤児ではない。父がきっと迎えに来る」と言い張り、出された食事を拒否し、反抗的な態度を繰り返した。脱走しようと外に出ても途方に暮れるばかりで、夜中に釜の底のご飯を漁って食べた。
頑なに周囲に馴染もうとしない反抗的なジニだったが、年上のスッキ(パク・ドヨン)は気にかけ、世話を焼く。
健康診断で訪れた医師に「なぜこの施設に来たのか」と問われたジニは、「父親と新しい母との間に生まれた赤ちゃんの足に安全ピンが刺さって、それが自分のせいと誤解されたから」と涙ながらに答えた。
ある日、ジニとスッキは庭で傷ついた小鳥を見つけ、内緒で介抱してあげるが、その甲斐なく死んでしまい、小鳥の墓を作り埋葬した。
その頃、施設で最年長の足の不自由な少女イェシンは、施設に出入りする男子ソンスに恋をしていて、勇気を出して彼にラブレターを渡すがふられてしまい、自殺未遂騒動を起こす。
一命は取り留めたイェシンは、皆の前で謝罪させられ、結局韓国人家庭に家政婦代わりに引き取られていった。
あるとき、アメリカ人夫妻が養子を求めてやってきて、面接を受けたスッキは片言の英語と愛嬌で自分を売り込んでいき、気に入られる。
スッキに「一緒にアメリカに行こう」と誘われ、英語を習い始めたジニだったが、夫妻はスッキだけを希望し、彼女だけアメリカに行くことになる。それ以来、ジニは凶暴で反抗的になり、寄付された人形を次々に壊してしまい、寮母の叱責を買った。
その後、ジニは院長から「父親は新しい家族と引っ越したから、迎えに来ない」と言われる。
怒りが冷め絶望に襲われたジニは、かつて小鳥を埋めた墓を掘り起こし、更に大きく深い穴を掘り続ける。そしてジニは掘った穴に横たわり、自分の体に土をかけて埋めようとし、顔にも土をかけるが苦しくなって思い直した。
諦めを知ったジニの元に、フランスから養子の申し出が来る。年配夫婦で気に入らなかったが、ジニは運命を受け入れることにした。
施設を旅立つ日、それまで一度も笑わなかったジニが、記念撮影で笑顔を見せた。そしてフランスに向かう機中で、自転車で父の背中に感じた温もりを夢に見た。空港で迎える養父母と、強い意志と不安がない交ぜになったジニの表情でエンド。

《感想》親に捨てられた少女が、そのことを受け入れられず、反抗や暴力を繰り返すが、似たような境遇の施設の仲間に出会い、現実に向き合う。
韓国人家庭に家政婦同然で引き取られていった足の不自由な少女、訪れるアメリカ人夫婦に気に入られようと、笑みを絶やさず英語を学ぶ少女など。
そして、自分の力ではどうにもならない運命を受け入れることを知る。自分自身を土に埋めて、心を殺して生まれ変わろうとする少女の姿は、あまりに不憫で、息苦しさを覚えた。
いわば少女の成長譚で、新たな旅立ちの物語である。
監督は、9歳でフランス人に養子として引き取られた女性で、自身の体験がベースになっているとのこと。大人を信じられなくなった少女の心の痛みを、淡々と日常の中に描いていく、真摯な姿勢がうかがえる。
だが、少女らの葛藤に傾き過ぎて、大人の、社会の葛藤が見えないという印象を持った。
父親がジニを捨てた理由は本当に“新しい家族”のためだったのか。また、実親がいて孤児でもないのに、親の都合で施設入所が認められるのなら、育児放棄になるのではないか。謎であり素朴な疑問だった。
戦後の韓国には、保護する余裕のない戦災孤児を養子としてアメリカに送った国内事情があったという。それらしい背景は読み取れるのだが、深く触れられることはなかった。
ジニを演じたキム・セロンの存在感が圧倒的で、その強い眼差しに惹き込まれる。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、映画選びのモットーは温故知新、共感第一、ジャンル無節操、です。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマと快楽を求めて、“映画バカ”をやっています。