『曽根崎心中』増村保造 1978

女の情念で描いた近松世界

《あらすじ》大阪の醤油商平野屋の手代・徳兵衛(宇崎竜童)は、色茶屋天満屋の遊女・お初(梶芽衣子)の馴染み客で、相思相愛の仲だった。
いずれ夫婦にと考える徳兵衛だったが、叔父でもある店の主人久右衛門は二人の関係を知りつつ、姪のお春と夫婦にして跡取りにしようと、徳兵衛の継母に支度金を握らせ、強引に縁談を勧めようとした。
しかし頑なに固辞する徳兵衛は、継母から金を取り戻そうと頼み込んでそれを手にするが、友人の油屋・九平次(橋本功)に懇願され、3日限りの約束でその金を貸してしまう。一方のお初には、四国のお大尽・いかりや主人から身請け話が舞い込んでいた。
約束の日が過ぎても九平次からの連絡がなく、徳兵衛は九平次を問い詰めるが、九平次は公衆の面前で徳兵衛を詐欺師呼ばわりしたあげく、仲間と共に徳兵衛を袋叩きにしてしまう。もはや徳兵衛は死んで身の証を立てるほか名誉を回復する手段はないと思い込んだ。
その後、天満屋には徳兵衛に会おうと久右衛門が訪れ、九平次も仲間と共に遊びに来ていた。そしてその合間を縫うように徳兵衛もお初の元を訪れ、縁の下に隠れて様子をうかがっていた。
九平次は徳兵衛の悪口雑言を並べ立て、それをお初が罵り、徳兵衛はその一部始終を涙ながらに聞いた。そして夜陰に紛れて二人は心中の決意を固め、手を携えて曽根崎の森へと向かう。
世も更けた天満屋に油屋の手代が訪れ、主人九平次に面会を求める。町で噂の紛失した印判が店の硯箱で見つかり、役人から訳を聞きたいとの話が出て、九平次の犯行が発覚してしまう。
そのいきさつを陰で聞いていた久右衛門は徳兵衛の無実を確信し、九平次を町方に取り押さえさせる。そして、無理に婚姻を強いたことを悔やみ、徳兵衛とお初の仲を許す、死ぬなと祈る久右衛門だった。
道行きの二人は「意地のため、恋のため、死んだら極楽」とつぶやき、明け六つの鐘を聞いて、連理の松の木に自身の体を縛り付け、徳兵衛は躊躇した後に短刀でお初の命を奪い、返す刃で自らの命を絶ち、手を握り合って心中を遂げた。

《感想》冒頭から画面は“あの世感”満載で、道行きのシーンやら、路上に晒される心中死体など、描き方は従来の近松映画より生々しく、人形浄瑠璃や歌舞伎の世界を大きく超えた過激なリアリティが感じられる。
しかし、最も生々しく映ったのはお初という女性像であり、その情念だった。
それ以前に撮った溝口健二、内田吐夢、篠田正浩のどれとも違う。
師匠・溝口が描いたのは一途で古風な女だが、梶芽衣子演じるお初は、一途だが直情的な女。増村が女優に託したのは古さの中に新しさ、強さを秘めた女性像だった。
梶はその要求に応え、狂気の眼差し、特異なセリフ回しをもって女の情念を見事に体現している。そこに見るのは、香川京子、有馬稲子、岩下志麻ではなく、紛れもなく増村が描いてきた女性・若尾文子の系譜である。
可憐でありながら、強烈な情念と激しい気性を内に秘めた女性像であって、それがお初に乗り移っていた。
一方の宇崎も、女に引きずられる生真面目な商人を好演しつつ、担当する劇伴がいかにも昭和ロックで、死にゆく二人への感情移入を一層掻き立て、増村のテンポとよくマッチしている。
そして古典芸能の伝統を踏まえながら、その型をことごとくぶち壊そうとする姿勢が新鮮に映った。
古典的趣きを求める向きには合わないが、70年代の感性で描き切った斬新な近松ではある。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画を通して人生を見つめたい、そんな思いで“映画の旅”をしています。