『ゆきゆきて、神軍』原 一男 1987

観るのは辛いが、観るべき映画

《あらすじ》1982年、神戸市兵庫区荒田町でバッテリー・中古車修理店を営む奥崎謙三、62歳。店のシャッターには政治的メッセージが書かれ、街宣カーで走ると警備のパトカーが付いてくる。
奥崎は1956年に傷害致死事件を起こして懲役10年、1969年に新年皇居参賀で天皇にパチンコを発射して懲役1年6か月等の前科を持っていたが、それを隠すことなく、むしろ誇示して生きている。
奥崎は、第二次世界大戦末期のニューギニア戦線で、自身が所属していた独立工兵第36連隊の戦友たちの慰霊の旅に出る。
36連隊のウエワク残留隊で、終戦後23日も経ってから二人の兵士が射殺された事件が奥崎には気になっていた。彼は真相を探るために当事者と思われる元兵士たちを訪ねる。
1)高見実元軍曹:奥崎の分隊長だった高見は奥崎と友好的に話をするが、事件については知らないと言う。
2)妹尾幸男元軍曹:その非協力的な態度に奥崎が怒り乱闘騒ぎになる。
次に奥崎は、処刑された吉沢徹之助の妹・崎本倫子、野村甚平の弟・寿也を伴って関係者を訪れ、当時の状況を聞き出そうとする。
3)会川利一元伍長:妹尾幸男を含む6人が処刑に手を下したと証言する。
4)原利夫元曹長:会川が名を挙げた一人の原は、二人は敵前逃亡の罪で処刑され、自分も引き金を引いたが不発弾だったと言う。
5)浜口政一元衛生兵:二人は食べる物が無くて逃亡したが、終戦後に戻って来たと言う。二人の死と人肉食の関係について、黒豚(現地人)と白豚(白人)は食べたが、戦友は食べなかったと否定する。
6)丸山太郎元軍医:二人は処刑され、命令したのは残留隊隊長の村本(旧姓古清水)だったと証言する。
人肉食を認めた浜口の証言で、兄たちも敵前逃亡ではなく人肉食の犠牲になったという疑惑を捨て切れない崎本と野村は、その後奥崎に同行するのをやめてしまう。そこで奥崎は知人と妻を二人に仕立てて、訪問を続ける。
7)村本政雄隊長:上官からの命で自分が処刑命令をしたが、二人が人肉を食したからという理由であり、自分は処刑の場に立ち会っていないと言う。
2-2)妹尾幸男:村本の命令で自分と高見実ら5人が二人を撃ったが、実砲4発、空砲1発だった。撃ったのは、高見、妹尾、会川、原、浜口で、村本が拳銃でとどめを刺し、丸山が立ち会ったと証言した。
1-2)高見実:処刑に加わったことと、村本がとどめを刺したことを認めたが、自分は照準を外して撃ったと話す。
8)山田吉太郎元軍曹:奥崎のいた36連隊本隊であったくじ引き謀殺事件の真相を聞こうと、アナーキスト・大島栄三郎を被害者、橋本義一軍曹の兄に仕立てて山田宅を訪れる。退院直後で病身の山田は、狂気の状況下にあったと何も語ろうとしなかったが、橋本が食料を盗んだために他の兵士の食料にされたことをほのめかし、自分は隊に有益な人物だったから食われなかったと言う。激昂した奥崎が山田を押し倒し、山田は救急搬送された。
1983年、奥崎は村本宅を再訪して、その息子に拳銃による傷害事件を起こし、懲役12年の実刑判決を受けた。

《感想》第二次世界大戦末期のニューギニア戦線は、海路を米軍に、陸路を支那軍に阻まれて物資が届かず、極限の飢餓状態にあった。そんな状況下で起きた敵前逃亡処刑事件、人肉食事件の真相を探る奥崎謙三の姿を追う。
描かれる世界は『野火』や『軍旗はためく下に』と重なるが、“真実を語ることで、多くの人に戦争の愚かさを知らしめる”目的で、関係者の自宅に乗り込んで、封印した過去の告白を執拗に迫る。
その執念と迫力が凄く、戦争犯罪の追及を超えて暴力的個人攻撃に思えてしまう。脅迫罪が適用されそうな気がするが、警察も距離を置いての及び腰で、何が正義で何が暴力か、疑問に思えてくる。
奥崎の行動はカメラを意識して、自身を演出するかのように徐々に過激さを増し、撮影する原も奥崎の暴力行為を彼のキャラと認め、制止することなく執拗に追い続ける。ドキュメンタリーの一つの手法なのだろうが、嫌悪感は拭えない。
その反面、両者の確固たる信念と秘めたる熱量も凄い。それぞれの役割を見極めたような共演が無ければ、真相の解明はなかったのではないか。それは認めざるを得ない。
ドキュメンタリー映画としての評価は難しいが、観るべき映画だとは思う。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画を通して人生を見つめたい、そんな思いで“映画の旅”をしています。