『ハズバンズ』ジョン・カサヴェテス

生きる意味に喘ぐ中年危機の男たち

ハズバンズ に対する画像結果

《公開年》1970《制作国》アメリカ
《あらすじ》広告マンのハリー(ベン・ギャザラ)、新聞記者のアーチー(ピーター・フォーク)、歯科医のガス(ジョン・カサヴェテス)はニューヨーク郊外で生まれ育った親友同士で、彼らの仲間スチュワートが亡くなり、その葬儀に参列した。
夜通し飲んだ翌朝、体育館に潜り込んでバスケ、水泳に戯れ、24時間寝ていないのだが、まだ家に帰る気分になれない空しさを抱えている。
その後も飲み始め、いつ終わるとも知れないダラダラ宴会が続き、酔っぱらっては絡み、醒めては自己嫌悪に陥り、トイレで吐き続けながら、三人して今の気持ちを語る。罪悪感とか身勝手さとか。
悪態と悪酔いの夜が更けて、帰ってから仕事に行こうと、とりあえず三人してハリーの家に向かった。
ところが妻とうまくいっていない彼は、妻と話すうちにギクシャクして結局喧嘩になり、暴力を振るったところを二人に制止される。
電車で移動して歯科医ガスの仕事場に行くが、ハリーのイライラが止まらず、外に出る。ハリーはパスポートを見せて二人を誘い、目的が定まらないまま三人はロンドンに旅立った。
大雨の中、ロンドンのホテルに着いた彼らは3日続きの徹夜にも懲りず、タキシードでカジノに向かい、ギャンブルにも飽きて女性三人をホテルに連れ帰る。
自然の成り行きで3組のペアが成立するが、ハリーは暴力的変態気質で相手に嫌われ、アーチーは中国人らしき女性に、ガスは大柄な金髪女にアプローチするが、今一つ噛み合わず逃げられてしまう。
アーチーとガスは家に帰ることを決めたが、ハリーの部屋には新しい三人の女性が揃っていた。
帰りの飛行機にはアーチーとガスの姿があり、それぞれ子どもへのみやげを持って家に帰った。子どもに迎えられるガスの姿でエンド。
ハリーのその後は分からない。

《感想》親友の不慮の死にショックを受け、忍び寄る死への恐れと、生きている意味を考え始めた三人の中年男は、若い頃のように無邪気に笑い遊び、女性と戯れ、また飲んでは吐き続けるという痛ましい三日間を送る。
悪態と悪酔いのダラダラ宴会には、三人が日頃抱いているナマの感情がほとばしり出て、他人攻撃と自己嫌悪が入り混じり、何とも言えない中年クライシスの世界に付き合わされている気がした。でもこの演出とは思えない生々しさには迫ってくるものがあり、否応なく惹き込まれる。
いつ死ぬか分からない人生だから、悔いなく生きようと必死になる。そんな思いから求めた成り行きの旅だったが、結局リアルな日常に引き戻されてしまう。戻る場所がある二人はいいけれど、ハリーはその後どうなるのか、気になった。
冒頭のタイトルバックに登場するマッチョ自慢の男は何を意味するのか?と気になっていたが、「もはやマチズモ(男性優位)なんて幻想。壊さないと不幸になるよ」という警告なのかと思えた。
このダメ中年のダラダラ3日間に感情移入できるか否かで好き嫌いは分かれるが、共感は出来ないまでも、その息苦しさ、切なさの断片は理解できる気がした。

※他作品には、右の「タイトル50音索引」「年代別分類」からお入りください。

投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画を通して人生を見つめたい、そんな思いで“映画の旅”をしています。