『メイジーの瞳』スコット・マクギー&デヴィッド・シーゲル

子どもの幸せと家族のあり方を問う

《公開年》2012《制作国》アメリカ
《あらすじ》ニューヨークに住む6歳の少女メイジー(オナタ・アプリール)は、ロック歌手の母スザンナ(ジュリアン・ムーア)と美術商の父ビール(スティーヴ・クーガン)の間に生まれたが、両親は忙しい上に諍いが絶えず、ベビーシッターのマーゴ(ジョアンナ・ヴァンダーハム)と過ごすことが多い。
そして離婚調停が始まるが、結局双方単独での親権は認められず、10日ごとに両親の別々の家を行き来することになる。
やがてビールはマーゴと再婚し、それに怒ったスザンナは年下のバーテンダーのリンカーン(アレキサンダー・スカルスガルド)と再婚する。
ビールは仕事で海外出張が多いため、マーゴにメイジーの世話を任せ、スザンナはツアーで家を空けることが多く、リンカーンに世話を任せる。
ビールとマーゴが新婚旅行に行く日、メイジーを迎えに行くはずのスザンナが現れず、とりあえず迎えに行ったマーゴは、遅れてきたリンカーンに出会い、事情を確認した上でメイジーをリンカーンに預けた。
メイジーはリンカーンとすぐに打ち解け、スザンナは母親の自分ではなくメイジーがリンカーンに懐くのが気に入らず、二人の間に割って入るのだった。
ある日、メイジーの面倒を見ているリンカーンに急な仕事が入り、彼は仕方なく父親側のマーゴの所に連れて行くが、そこにはオートロックで締め出されたマーゴがいて、居住者名簿にない自分はメイジーの親権のために利用されたのだと怒り泣きだし、そんなマーゴを慰めるメイジーだった。
その数日後、メイジーとマーゴはリンカーンのバーに行き、お詫びのケーキで仲直りし、マーゴとリンカーンは子どもの世話を通して親しくなる。
そんなある日、ビールと諍いを起こしてマーゴが出ていってしまい、今後はイギリスを拠点に仕事するというビールはメイジーを誘おうとするが、調停結果があるので思いとどまる。
母側のリンカーンが世話をする日に用事が入ったため、彼はマーゴに頼もうとするが、3人でいる時にツアー中のスザンナと鉢合わせをし、スザンナはマーゴに文句を言い、怒ったマーゴとリンカーンは帰ってしまう。
困ったスザンナは、ツアーを抜けられないか打診するが無理と分かり、仕方なくリンカーンの店の前でメイジーを車から降ろし、ビルに入るのを見送るが、その日リンカーンは不在で、店の女性の世話を受け、独りぼっちのメイジーは涙を流した。
行き場のないメイジーをマーゴが引き取り、海辺の売家で一緒に暮らすことになる。本当の母娘のように浜辺で過ごし、しばらくしてリンカーンが加わって、マーゴとリンカーンの間には恋心が高まる。
3人で楽しく暮らす夜、ツアーバスのスザンナが立ち寄り、一緒に行こうとメイジーを誘うが、明日はボートに乗る約束があるからと断る。「ママは好きだが、二人と一緒にいたい」というメイジーに、スザンナはプレゼントを残して去った。
翌日、大はしゃぎでボートに向かうメイジーの姿でエンド。

《感想》ロック歌手の母と美術商の父を持つ少女メイジーは、両親の離婚によって二人の間を行き来しているが、やがて二人が新しい恋人と再婚すると、両親は娘を再婚相手に押し付けてきて、怒った再婚相手との間に亀裂が生じていく。
両親ともにメイジーを愛してはいるが、仕事優先で親の責任を忘れ、身勝手で無責任な親に少女は翻弄されて、そんな少女の心のすき間を埋めてくれたのが心優しきそれぞれのパートナーだった。
実父母の愛情が分かっているからこそ、聞き分け良くワガママを言わず、大人の事情を察して気丈に振る舞う、そんな少女の健気さには胸が痛む。
そして、現代の家族のあり方、子どもにとっての幸せ、親の責任、いろいろと考えさせられる。
特にラストシーン。ボートへと走るメイジーの表情は楽しげだがどこか寂しげなのが印象的だった。
昨夜別れた母親を慕う思いと、愛されているとは思うものの若い二人との暮らしに、子どもながら希望と不安が相半ばしているような。
継父と継母という“新しい家族像”もあるだろうが、それでも否定し切れない血縁の愛。実母が親の自覚に目ざめて戻ってくる新たな展開もありそうで。
善き人と悪しき人が対峙し、「結局、善き人に」というような寓話的結末のように見えるが、実は“もしかしたら”の含みを持たせているように思えた。

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投稿者: むさじー

名画座通いの昔からネット配信の現代まで、温故知新、共感第一、ジャンル無節操、が映画選びのモットーです。 映画は時代と人生を映す鏡。心に響くドラマを求めて、“映画の旅”を楽しんでいます。