愛する人のために迷走する父子の絆
《共同監督》ペタル・ヴァルチャノフ《公開年》2019《制作国》ブルガリア
《あらすじ》CM制作の仕事をして何かと多忙な中年男パヴカ(イヴァン・ブルネフ)は、母ヴァリアの葬儀に参列している。画家で気難しい性格の父ヴァシル(イヴァン・サヴォフ)に対し、パヴカは他人との衝突は避けようとする気弱な性格だが、父子で向き合うとつい衝突してしまう。
パヴカには職場であるスタジオと妻カリーナから頻繁に電話が入り、妊娠中の妻からはマルメロの手作りジャムが欲しいという要望を受けている。
一方、父ヴァシルは死んだ母の気配を未だに感じている。それは死ぬ前に母から電話があり「伝えたいことが‥‥」と言いかけた後、話の途中で電話が切れてしまったからで、落として割れた花瓶にさえ母のメッセージがないか答えを探そうとしていた。
折しも叔母のリュブカが、死んだヴァリアから電話が入ったと言って騒ぎだし、驚きのあまり倒れ入院してしまう。
その後、酒に酔った父は車で出かけようとし、危険を察したパヴカは父を助手席に寝かせ車を走らせた。父が行きたかったのは、葬儀の席で話題になった霊能者ルヴィのところだった。
ルヴィの助言では、隕石の森で一夜を過ごし、見た夢をルヴィに話せば母の思いが分かるということで、父は森に向かった。
一度は車でスタジオに行こうとしたパヴカだったが、父のことが気になり森を探すが見つからず、警察に捜索願を出しに行く。
警官もウサン臭い話にまともには耳を傾けようとせず、届書を書きながらも警官が食べているマルメロジャムが気になっているパヴカは、警官が席を外した隙に盗もうとして見つかってしまう。
留置され釈放された朝、妻からの電話を受けたパヴカは浮気を疑われ、更に嘘を重ねて難を逃れる。そして、母の霊を探しに行った父を追うことにする。
森に入ると、父の上着や靴を見つけ、やがて血だらけの顔をして全裸で寝ている父を発見した。
病院では「外傷性ショックで不安定だから入院せよ」と言われるが、二人はそこを抜け出し、家に帰ることにした。
父が運転しての帰宅途中、何故か父は息子を振り切って逃げようとし、車を捨て、農作業中の荷馬車に勝手に乗って走らせ、パヴカを伴ってルヴィの元に戻った。どうしても戻りたかった場所なのだが、いざとなると夢の内容を忘れたという。
父と喧嘩別れをしてヒッチハイクで家に戻ったパヴカは、叔母の家に行き電話騒動の真相を知る。死んだ母からの電話というのは、母が生前に吹き込んだ留守電だった。
帰って来た父と留守電を聞くと「リュブカ、マルメロが傷むからジャムにしてと、夫に伝えて」というもの。「私が死なせた」と悲嘆に暮れる父をパヴカは抱きしめ、喪失の悲しみに浸りながら、二人はジャムを作ろうとマルメロを切った。そしてパヴカは子どもが生まれることを父に伝えた。
二人のマルメロを切り続ける音がエンドロールに流れる。
《感想》老父は亡き妻の最期のメッセージを知ろうと霊能者の助言を頼りに暴走し、息子は妊娠中の妻が欲しがる「マルメロのジャム」を手に入れようと泥棒までする。母が父に伝えたかったメッセージは「マルメロが傷むからジャムにして」という他愛のないものだった。
息子が父を追いかける珍騒動の末に二人は、愛する人のためにマルメロを切り始め、ジャム作りに取りかかる。
身勝手で妻の話に耳を傾けなかったことを悔い、人間の愚かさを噛みしめる父と、それまで不仲だった父に黙って寄り添う息子。
息子は、思うように運ばない仕事の電話に汲汲とし、妻との会話は嘘だらけで、気弱だが実直で何より平和を愛する平凡な男だった。きっと息子は父を反面教師にしていたのだろう。
しかし、喪失の悲しみは二人に共通していた。妻との後悔ばかりの思い出に父は涙し、ビデオに残された母の面影に息子は涙する。
可笑しくて切なく、ドタバタで迷走しながらペーソスがあって、バカバカしいことに奔走する二人の男が愛おしく思えてくる。
ドラマチックな展開には欠けるが、滋味あふれる良作だと思う。
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